Sunday, May 27, 2007

突然のニュース。。。

季節外れではありますが、本日、家の大掃除を行いました。料理、洗濯、掃除など、必ずBGMを流しながら、家事をこなすタイプなのですが、本日は何年かぶりにZardを選び、なつかしの曲を楽しみながら良い気分で、大掃除を終えたところ。。。なんとニュースで、Zardのボーカルの坂井さんが亡くなられたとのこと。。。信じられません。。。高校時代、ハンドの合宿・大会があるたびに、チームメートとZardのヒット曲を歌いながら、夜の時間を過ごしたあのころ。。。私達の高校時代を、音楽で励ましで下さったZardの皆さんへの感謝の気持ちを再確認する共に、坂井さんのご冥福をお祈り致します。。。

Tuesday, April 17, 2007

いろいろ報告などなど

不思議の国のほうのブログを見てくださっている方はもうご存知かと思いますが、クラブ選手権後、いろいろありまして、現在カイロプラクターに通っている身の鴫原梨代です。。。周りからはただの老化ではないかといわれますが。負けませんよ。痛みにも、周りにも。。。(笑)

クラブ選手権は。。。結果的には、とても納得のいく最終順位でした。うちのチームは、7位。「全国7位」というと聞こえはいいのですが、8チーム中の7位です。。。(苦笑)チームとして、まとまって練習する機会がゼロだったことを考慮すると、納得すべきなのですが、個人てにはやはり悔しいですね。この悔しさを胸に、次回に備えるのみです。。。そのうち、youtubeにでもビデオをアップする予定なので、ご興味がある方はメールください。

今週末4月21日と22日に、コロラドで男子の大会があります。これは、去年、男子に混ざって、ちゃっかり出場してしまった大会でしたが、今年うちのチームの男性陣は人数が集まらず、出場を辞退したようです。女子は。。。次の大会はいつになることやら。。。多分、8月のニュージャージーか、10月のノースカロライナですね。11月の第一週はユタです。多分主催をお手伝いすることになる、ユタ。既に楽しみです。。。

---よしさん(全国制覇おめでとうございました!)、かずぅさん、みむらさん、まささん、ひとみさん、ユタの大会は、いい大会になると思います。そちらで再会できること、楽しみにしています。かずぅさんとまささん以外の方とは、写真を撮る機会がなくって、すみませんでした。ぜひ次回こそは!

Monday, April 02, 2007

郡山第一中学校

氷見より嬉しいニュースが入ってきました!

我が母校、郡山第一中学校が、男女揃って、県の代表として春の全国選手権大会に出場を決めただけでなく、なんと女子はベスト8、男子は準優勝という素晴らしい結果を収めたのです。全国の強豪と、トップで競い合ってくるとは、正に快挙。。。今回は全国制覇はかないませんでしたが、次回は優勝旗獲得を目指して、夏まで練習に励んでほしいと思います。

選手の皆さん、監督を始めとする関係者の方々、どうもお疲れ様でした。ハンド馬鹿の一卒業生として、純粋に感動しております。

組み合わせ

がリリースされているようですが。。。まだ私のところにはUSOCからメールが来てないんですよね。。。皆さんのところには届いてますか。。。?

http://www.houstonhandball.org/news.php

こちら、木曜の朝に出発です。。。あー、どきどきしてきました。というか、ここ一ヶ月ほどどきどきが続いています。。。(笑)

Sunday, March 25, 2007

全国クラブ選手権大会

皆様、お久しぶりです。気がついてみると、前回の更新から三ヶ月がたっておりますが、皆様いかがお過ごしでしたでしょうか?こちらは、相変わらず毎日を精一杯生きております。

さて、毎年春に行われている全国クラブ選手権大会が、例年より数週間早いタイミングで開催されることになりました。今年の開催地はデラウェア州。デラウェア州でハンドボールのイベントが開催されるのは今回が初めてではないかと思います。2005年、2006年は二年連続でヒューストンでの開催で、今年はどの都市が選定されるか、ここ数ヶ月、巷で話題に上っており、「ラスベガスが有力」などとうわさを聞いていたので、デラウェアでの開催のニュースは、大多数を驚かせたのではないかと思います。参加チームのリストを見てみても、デラウェアからの参加チームは見られないので、現地の協力団体の方々にとっても、ハンドボールという競技を生で目にすること自体、初めてになるのではないかと思っています。この大会を通して、ハンドファンが一人でも増えればと願うばかりです。

三月上旬に、主催者から初めて大会についての連絡が入ったときには、正直十分な人数が揃うか、かなり不安でした。参加するには、最低でも9人の登録が必要で、ぎりぎり9人でも強行参加しようと腹を据えていたのですが。。。気がついてみると集まったのは12人。。。そのうち、3人は、私もまだ会ったことの無い選手達。会場で落ち合い、数時間後に一緒にプレーをする、というのは、日本ではなかなか無い状況なのではないかと思いますが、こちらでは(残念ながら)よく見られるパターンです。特に女子は、男子と比べ、全国的にプレーヤーの人数も少なく、結果的に大会の数も一年を通しても、片手で数えあげられるほど。。。このような状況で、12人も選手が揃った。。。これまでの大会でお世話になった方々の温かい助けがあってこそでした。

私のチームの12人の詳細をみてみると。。。驚くべき事実が。。。今年はアメリカ人ゼロ。。。去年まではヒューストン、つまり私にとっての地元での開催だったので、アメリカ人選手も数名いたのですが、彼女らはデラウェアまでは遠征できないとのことで、今年は出場を見送るとのこと。。。今回、ふたを開けてみると、私のチームは、ハンガリーから一人、オーストリアから一人、チェコから一人、ドイツから二人、フランスから一人、ブラジルから一人、ナイジェリアから一人、ノルウェーから一人、ブルガリアから一人、ベトナムから一人、そして私日本から一人。。。まさに国連会議状態。(そういえば、私の大学の寮もこんな感じだったような。。。)

不安が無いといえば嘘になりますが、今、頭の中はこの大会のことで一杯で、私の心は既にデラウェアに在ります。。。(笑)チームとして、大体の準備は整いましたので、あとは個人個人で最終調整をしつつ、本番を待つのみです。

Tuesday, December 12, 2006

近況報告

一年中暖かいイメージが強いテキサス州でも、最近さすがに冬の色が濃くなってきました。先週は今年初めて、気温が氷点下以下になったほどです。雪こそ降らないものの、昨日の夜も、水道の蛇口を小開けにして床に就いたほどです。

雪国出身の私ですが、さすがに気温が零度に近づくと、外に出るのが億劫になります。しかも 11月の末から1月上旬にかけては、参加できるハンドボールの大会が極力少なく、さらに感謝祭、クリスマス、お正月と祝日が続くため、ヒューストンでの練習も回数がグッと減ります。また、個人的にも、10月末に今の家に越してからは、仕事の後には家のプロジェクト(カーテンをつけたり、家具を揃えたり。。。 )に追われ、様々な理由から、十分なトレーニングのままならない日々が続いていました。しかし、最近やっと、これではいけないと、本格的(あくまで、私の個人的な定義の「本格的」ですが。。。)にトレーニングを開始する事を心に決めました。

手始めに、思い切って 5キロマラソンのイベントに参加することに。健康志向の人口が多いオースチンでは、特に秋から冬にかけて、マラソンのイベントが多いのです。私のように自分に甘い人間は、このようなイベントでカレンダーを埋めることで、トレーニングに励む環境を整えなくてはなりません。(苦笑)しかし世の中のランナーたちは素晴らしいですね。過去の 5キロマラソンの記録などをチェックしてみると、今の私のベストタイムの4/5くらいで完走している人々がごろごろいるのです。にわかランナーの私には、先が長そうですが、気長にいきます。

健康志向の人口が多いオースチン、と記しましたが、実際に多いのです。マラソン、競輪、ハイキング、カヤックなどなど、アウトドアを楽しむ人が多く、2010年までにアメリカで一番健康な都市になれるよう、街ぐるみでさまざまな取り組みが行われているのです。ちなみに近年の「健康な都市」トップは、サンディエゴ、コロラドスプリングス、デンバー、ボイジー辺りだったかと思います。オースチンも上位10位以内には入っているのですが、ナンバー1までにはもう一押し、といったところでしょうか。

そして、このオースチンで。。。。

いよいよ。。。。いよいよ。。。。

待望の室内練習場が確保できました!チームメートの一人が所属するフィットネスセンターのバスケットボールのコートを借りれることになったのです!設備自体が築一年未満で、使用できるフロアはピカピカの堅木張り。。。これだけで、正にdreams come trueなのですが、更にこのフィットネスセンターの設備がすごいのです。室内&屋外プールあり、ウエイトリフティングルームあり、キックボクシングやヨガのクラスあり、ラケットボールの設備あり、そしてバレーボール、バスケットボールのコート。。。勧誘にも最適な環境です。(笑)円滑に進めば、今月中にでも初めての練習が予定できそうです。

過去のポストを読んでくださった方には、お判りいただけるかと思いますが、ここに行き着くまで、いろいろありました。。。オースチンでの練習について、随分遠回り、寄り道をしてきた気もしますが、しかし全ては最高のタイミングで起こりつつあると感じます。。。

と、感動している場合ではありません。これからが本番です。気合を入れて、一つ一つ準備を進めて行かねば。中南部リーグの設立案といい、オースチンでの室内練習所といい、少しずつですが大好きなハンドボールを「本格的」にプレーできる環境が整ってきています。この調子で、ゆっくりでも確実に前進して行きたいと思います。

Thursday, November 30, 2006

希望の光

あっという間に11月の末です。。。気がつけば、二ヶ月もブログをお休みしていました。我ながらのB型ぶりです。

10月にノースカロライナで行われた大会は、とても印象深いものとなりました。前回書いていたように、いわば「寄せ集め」のチームだったのですが、駆けつけてくれたメンバーが素晴らしかったのです。ハンドボールをこよなく愛し、細かいことは気にせず、試合に集中し、プレーを楽しむ。。。このチームの一人一人が、この基本的なところを共有していたため、チームの雰囲気が最高だったのです。たった一度っきり、一緒に試合に出場しただけなのですが、次回一緒にプレーできる機会が待ち遠しい。不思議な気がしますが、あの試合から二ヶ月近く経った今でも、この子たちとのやり取りは「次回会うのが楽しみだね!」「次の試合が待ちきれないね!」といった括りで終わります。やはり同じスポーツを愛する仲間は、かけがえのないものです。

さて、11月はヒューストンのハンドボールコミュニティーにとって、将来への大きな転換点となりました。テキサスはアメリカ本土の中南部に位置し、その南側にメキシコとの国境が位置しているのですが、11月中に、初めてヒューストンにてメキシコのチームと親善試合を行うことができたのです。ヒューストンのファイヤーホークスのグリサレス監督は、もともとのご出身がコロンビア、メキシコと同じスペイン語圏の方で、そのつながりで今回の親善試合に行き着いたのです。メキシコからの参加クラブは、メキシコで屈指のジュニアチームでした。結果は、完全な走り負けでしたが、私たちのチームにとっても、大変いい刺激になりました。

グリサレス監督を始め、ボランティアの方々のお陰で、今回の親善試合が円滑に進んだため、今後の予定として、月に一度ヒューストンとメキシコ北東部をベースとして、リーグを設立する話が進んでいます。やっと、アメリカ中西部のハンドボール界にも希望の光が見えてきました。。。

Wednesday, September 27, 2006

ドリームチーム?

といえば聞こえはいいのですが、つまり、普段から一緒に練習する機会のないプレーヤーが集まって組んだチームです。

なんとか、ノースカロライナに向けての頭数が揃いました。。。蓋を開けてみれば、うちのクラブからの参加予定者は一人、また一人とキャンセルが続き、結局テキサスからは私一人。ワシントンDCから三人、ニュージャージーから二人、カナダのトロントから一人、ジョージアから一人、フロリダから一人。。。このうち半数は、大会会場で初対面となります。

なにはともあれ、チームとして試合に臨むからには結果を出したいです。大会まで残り一週間強。その間、二度ヒューストンで練習試合があるので、それも含めてじっくりと調整して行きたいと思います。

Tuesday, August 22, 2006

10月7、8日

久しぶりの更新です。久しぶりの更新で、こういう内容も何かと思いますが。。。
「女子ハンドボールプレーヤー求む!」

日時:10月7、8日
場所:Chapel Hill, NC

室内ハンドの大会に興味がある方いらっしゃいませんか?去年出場して、室内ハンドボールを心から満喫できた大会だったので、ぜひ今年も出場したいのですが、人数が集まらないのです。。。先ほどCAのかずぅさんからメールをいただいて、「あ、日本人チームという手もありだな」と思い、早速こんな内容で更新してみました。興味がある方はぜひメールか書き込みでご連絡ください。。。

はーーー、かなりdesperateですね。夏は仕方ないのですが。毎年、4月末に全国クラブ選手権があり、その後数ヶ月、夏期はオフとする人が多うので、確かに仕方ないのですが。。。まあ、あと一ヶ月以上ありますので、焦らずにチームを組んでいこうと思います。

二週間後はうちのクラブ主催のビーチハンドボールの大会です。去年から主催のお手伝いをしているのですが、前回大会から既に一年が経ってしまったとは、時の流れは速いものです。。。とりあえず、ガルベストンの気温と湿度に負けずにビーチハンドボールを楽しめるよう、今までどおり走りこみと基礎トレを欠かさずにいこうと思います。

Monday, July 24, 2006

室内ハンドとビーチバレーと

相変わらずひねりのないタイトルですが、この週末にしたスポーツです。

土曜日はヒューストンでファイヤーホークスが練習試合を予定していたため、飛び入りで参加してきました。私以外は全員男子だったにもかかわらず、フル出場させていただきました。ハンドボールジャンキー冥利に尽きます。25分を三セット行いましたが、やはり室内での動きは脚に来ます。普段から外で練習しているため、最初の25分終了後、膝から下にかけてのストレスを感じました。何とか三セットこなしましたが、普段からこれを念頭においておかないと、室内の大会でパフォーマンスに影響が出てしまいそうです。何とかしなければ。

試合中は、殆ど左サイドでやらせていただきました。攻撃では動けても、シュートが問題です。男子のGKだったというのもありますが、シュートを半分ほど落としてしまいました。これはショックです。シュート練習が出来ない、もとい、シュート練習をしていない現状の厳しさをひしひしと感じた日でした。こちらも何とかしなければ。

何はともあれ、常に快く受け入れてくださるファイヤーホークスの皆さんに(再び)感謝です。

日曜日、近所の友人たちとビーチバレーをしました。バレーは得意ではありませんが、たまには他のスポーツをするのも良し、ということで、コートに向かいました。

気温は30度をゆうに超え、太陽は燦々と降り注いでいましたが、慣れとは怖いものです。六月上旬に三日間経験したギリシャの太陽は、恐ろしいほど強いものでした。ギリシャ北部から車で十三時間のザグレブでは、ほぼ毎日外で練習をしていたにも関わらず、日焼けはそれほどでもありませんでした。しかし、ギリシャは違ったのです。確かに赤道に近いことは近いのですが、あれほどまでに日差しが強くなりえるとは思いませんでした。テキサスの日差しはギリシャの太陽と比べると、心地よい日差し、と言えるでしょう。数年前にマサチューセッツからテキサスに越したときは、テキサスの日差しの強さに、夏の日中は外出しないように心掛けていたほどなのですが、上には上があるようです。

話は逸れましたが、ビーチバレーは最高でした。気の置けない仲間たちと太陽の下で時間を過ごすのは、常に楽しいものです。が、しかし、反面、個人的には気持ちの処理が大変でした。何故かというと、砂の上にいるのにビーチハンドをしていないという現実をひしひしと感じてしまったからです。ビーチバレーをしている間中、常にザグレブとギリシャのフラッシュバックが延々と頭を駆け巡っていました。何とかしなければ。

何とかしなければならないことが溜まってきました。行動に移さなければ、口角が下がってきそうですので、そろそろ重い腰を上げようと思います。

Tuesday, July 04, 2006

U21とスタビルと


独立記念日一日前の7月3日の昨日、ファイヤーホークスの選手に混じって、ヒューストンで行われたU21の大会に参加してきました。U21のチームが集まらなかったとのことで、21歳を大分超える私たちも借り出されることになったのですが、経緯はどうとしても試合です。試合です。ハンドボールジャンキーには堪らない事態です。

高校生・大学生相手の試合は、まさに体力勝負。こちらの高校生は既に身体的には大人並みです。ほとんどは十代の元バスケットボールかバレーボールプレーヤーで、ジャンプ力、持久力、瞬発力、どれをとっても素晴らしい。。。たまたま主催の高校が黒人の方の人口の多い地区だったため、参加している高校生のほとんどは黒人の男の子たち。この子達の将来が実に楽しみです。ぜひアメリカのハンドボール界を背負って立つ人材となってほしいと願ってやみません。

さて、試合自体は。。。ファイヤーホークスのグリサレス監督のご意向で、3-3ディフェンスを試すことに。これは、いい練習でした。個人的には3-3は初めてでしたので、試合最初の十分ほどは戸惑いがありましたが、チームとしてお互いの役割をシステム化でき、二試合目にはいい形で守ることが出来たと思います。やはり3-3ですとポストへのパスを狙われやすいのですが、そこが隣同士のカバーのしどころです。普段は一緒にプレーする機会の少ないプレーヤー同士でしたので、そんなところで信頼関係を築くといった良い「副作用」もありました。(笑)大会の始めから終わりまでの数時間の間に、確実に3-3の初歩を学べた実感の残る大会となりました。グリサレス監督を始めとするファイヤーホークスの皆さんに感謝です。

ところでこの大会では、もう一つ楽しみにしていたことがありました。クロアチア滞在中に、買ってしまったのです。新しいスタビルを。。。この大会が新スタビルの記念すべきデビュー戦となりました。ベースがネイビーでラインがベイビーブルーです。足にぴったりと吸い付く感じが堪りません。。。最近すっかりアディダスびいきです。(笑)

Wednesday, June 21, 2006

気がついてみると

既に六月下旬。。。正に光陰矢の如しです。。。

久しぶりの更新です。世界中がワールドカップで盛り上がっていますね。私も先日のクロアチア対日本戦はしっかりライブで見ました。ちょうどこちらの日曜の朝だったので、問題なく観戦できましたが、明日のブラジル戦はこちらの午後二時。。。しっかり仕事中の時間帯ですので、ライブでは見れそうにありません。。。オンラインで実況をチェックしつづけるか、録画して仕事の後にテレビで観戦するか。。。迷うところです。。。ブラジルに二点差で勝てば、決勝リーグ進出の可能性が残ります。あとはクロアチアとオーストラリアの試合の結果次第です。。。勝負の世界は何が起こるかわかりません。最後まで希望を捨てずに戦っていただきたいと思います!頑張れ日本!

さて、クロアチアから戻り、数週間が経ちました。仕事に埋もれ、こちら更新できずにいましたが、結果、ギリシャで優勝することができました!コンテサネラとしては二年連続での優勝でしたが、簡単に金メダルを手にできたわけではありませんでした。大会中は二日間で計五試合をこなしましたが、五試合中四試合はシュートアウトでの勝利。。。心臓に悪かったです。。。

ビーチハンドボールは10分ハーフで行われ、それぞれのハーフで多く得点したほうが勝ち点1点を得ます。両方のハーフで勝てば、2-0のストレート勝ちですが、両チームが何れかのハーフで1点を得、後半終了後1-1である場合、シュートアウトで勝敗が決まります。シュートアウトは、いわゆるワンマン速攻のフォーマットで、各チーム5名が順にシュートアウトを行います。シュートアウトでも、一回転シュートや股下シュート、バックシュート、いわゆる「スペクタキュラーショット」で得点すれば、そのチームに二点が加算されます。室内ハンドボーラーの方は、ビーチのルールを聞いて、首を傾げていらっしゃるかもしれませんが、ビーチハンドボールはハンドボール以上に「中毒性」の強いスポーツだと思いますので、どうぞお気をつけください。(笑)

コンテサネラのホームページにも決勝戦の様子が書かれていますので、ご参照ください。クロアチア語と英語ですが。。。

二週間のビーチハンドボール天国でしたが、その間に取った写真は1000枚にのぼり、まだ整理がついていない状況です。。。(苦笑)

Tuesday, May 30, 2006

選手登録


いよいよ最終的な選手登録提出の日です。大会まであと数日。。。ここ数日あいにくの天気が続いていますが、コーチのご指導の下、最終調整に励みます。

Sunday, May 28, 2006

ザグレブ-6~7日目

5月26日
金曜日の今日は練習はお休み。クロアチアではほとんどのオフィスが金曜日は数時間早く終わります。チームメートの皆さんは大体3時で仕事を終えるとのこと。旧市街を案内してくれることになります。クロアチアは人口の70%ほどがカトリック教徒で教会が待ちのいたるところに見られます。特に旧市街は教会の勢力が強かった時代に発達した場所であり、教会の数もさることながら、その建築様式や装飾にも目を見張るものがあります。

5月27日
今日はザグレブリーグの初日でした。来週コンテサネラはギリシャへ遠征ですので、本日四試合こなすことに。室内ハンドボールでも一日で四試合はものすごい運動量ですが、10分ハーフのビーチハンドボールでも、砂の上を四試合走り回るのはかなりの持久力が必要となります。

気温は20度前後の快晴、ビーチハンドボール日和です。チームメートに比べてまだ360が未完成な私は、主にマーカー(GK)として使っていただきました。マーカーはゴールからオフェンス、オフェンスから交代エリアへ出て、ゴールラインへ戻る。。。と、とにかく走る量が多いのですが、日ごろから走りこんでいた甲斐がありました。オフェンスでは、個人的に四月末の室内ハンドボールのクラブ選手権の際と同じ課題との戦いでした。もっとアグレッシブにならねば。今回もコーチに、もっと自分でシュートを打ちにいけるようご指導いただきました。

最終的に4試合中3試合はストレート2-0での勝利。一試合は1-1の接戦後、シュートアウトで負けてしまいました。ザグレブリーグは男子8チーム、女子6チームで構成されており、公式の審判の方、タイムキーパー、スコアキーパー、ボランティアの皆さんが縁の下の力持ちとなり、とてもうまく回っていました。

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ところで、ザグレブについてから毎日、コンテサネラとご家族ご友人の皆さんがクロアチアの伝統料理やご家族のスペシャルレシピを披露してくださっています。クロアチアの食事は本当に美味しい。その秘密は国産の食材にあるようです。野菜も、乳製品も、お肉も、自然の味が楽しめます。お味はお届けすることは出来ませんが、写真を撮りましたので、どうぞ目でお楽しみあれ。

Thursday, May 25, 2006

ザグレブ

報告が遅くなりましたが、20日土曜遅くにザグレブに無事到着致しました。本日は既に25日。時間の流れが速く感じますが、コンテサネラの仲間のお陰で毎日充実した時間を過ごしています。ザグレブはクロアチアの首都でありながら、自然がいっぱいのきれいな街です。時間の流れに沿って、本日までのザグレブでの出来事を手短にまとめてみます。

5月20日
ヒューストンを19日の夕方に発ち、アムステルダム、フランクフルトにて乗換え。ヒューストンからのフライトが30分ほど遅れため、最終的にザグレブ到着まで計五時間の遅れがでたものの、無事20日午後10時にザグレブ到着。コンテサネラの皆さんと合流。荷物は一日遅れでの、ザグレブ着でしたが、残念ながらこれはよくあることのようです。。。

5月21日
ザグレブから1時間ほどのところにある、ザゴリアにてクロアチア式のバーベキューを予定してくださったとのこと。コンテサネラのメンバー、ご家族、ご友人の皆さんと自然がいっぱいのザゴリアの地にてのんびりと日曜日を過ごしました。クロアチアは、ヨーロッパで一番別荘の数の多い国だそうです。今回バーベキューをした場所もチームメートのご家族が所有する山内の別荘でした。

5月22日
待ちに待っていた、初練習!ザグレブの中心に位置するJarun湖にはビーチハンドボールのコートが三つあります。三つです。オースチンにはビーチバレーのコートは多いものの、ビーチハンドボールのコートは皆無です。(ため息。。。)オースチンに戻ってから、どうにかしてハンドボール・ビーチハンドボールが出来る環境造りをしなくてはなりません。ビーチバレーのコートを使うとすると、ネットのポールが厄介です。。。うーん。。。

初練習には大満足でした。私にとっては、今年初めてのビーチハンドボールでしたが、こつこつと家で練習していた360(一回転シュート)が、何とか砂の上でも形になっていることが確認できました。ただ、ジャンプしてから、身体を回転させるスピードが遅いので、今後二週間特訓あるのみです。それにしても、チームとして練習できることは、とても「贅沢」です。オースチンでは(現時点では)ありえないことですので、一回一回の練習を大切に、しっかりと消化していきたいと思います。

チームメートの皆さんはほとんどが過去何年も一緒にプレーしてきているメンバーで、コート上での息もぴったりです。ほとんどのメンバーは現在まで、(室内)ハンドボール一部・二部のリーグでプレーしてきている選手ですが、今はビーチハンドボールの魅力に取り付かれ、ビーチ専門でプレーしています。現在クロアチアでは四つの団体がビーチハンドボールのクラブとして正式登録しているとのことです。ハンドボールの盛んなクロアチアでも、ビーチハンドボールはまだまだ若いスポーツですが、既にザグレブ市民にとって憩いの場であるJarunに三つのコートが設置されていることからも、この国でのビーチハンドボールへの興味が右肩上がりであることが窺えます。

5月23日
2005年のクラブ選手権でヒューストンのクラブの監督をしてくださったマルコ・ブレジッチ氏にご挨拶に伺いました。もともとザクレブ出身の方ですが、将来的にアメリカでハンドボールのコーチをされたいとの強い希望を持っていらっしゃる方です。現在は一部リーグのMedvescakでアシスタントコーチをしていらっしゃいます。一位のZagrebを追い、二位争いが続いていましたが、最終的に今シーズンは三位でフィニッシュとなりそう、とのことでした。

夕方、コンテサネラの皆さんが、市街のスポーツ用品店に連れて行ってくださいました。ハンドボール用品の入手困難な国に住む私にとって、これはとても楽しみにしていたイベントでした。店頭には、色とりどりのスタビルやハンドボールが陳列されており、早速セール価格となっていた旧モデルのスタビルを入手。ボールも一つ購入したところ、コーチがもう一つボールを買ってくださいました。

5月24日
あいにくの冷たい雨の日でしたが、前日に引き続きコンテサネラの皆さんとザグレブの市街巡りをしました。この日初めてクロアチアのスーパーに連れて行っていただきました。クロアチアの食文化は、他のバルカン諸国と似て、肉を中心とした料理が多く見られます。また、街のいたるところに「魔女の宅急便」に出てくるような小さなベーカリーが点在しており、ザグレブ市民の食文化に欠かせぬ要素であるKruh(いわゆる丸パン)を供給しています。

スーパーで食品を買い込んだ後、昨日スタビルを入手したRost Sportの別の店舗へ。ザグレブでもっとも大きなジム内にある店舗でした。ついでに、ということでジム内を見学。と、なんとブレジッチ氏のお勤めのMedvescakが練習中でした!明日の木曜日が今シーズン最後の試合となるようで、練習にも気合が感じられました。

この日の夜、数日前ザゴリアでのバーベキューでお会いしてたラップミュージシャンのペロさんとダビさんのライブにご招待いただきました。グループの名前がBolesna Braca、英訳するとsick brothersだそうです。VIP席に入れていただいたので、ザグレブ出身のいわゆるセレブの方々とお話できました。NBAで活躍する選手や俳優さんもすぐ隣に居たというのに、この日に限ってカメラを忘れてきていました。クロアチアでもB型ぶりを発揮しております。

5月25日
この日は、待ちに待っていたLibra-Tehnicarとの練習試合の日です。このチームは私たちKontesa Neraと共に、ギリシャのヨーロッパクラブ選手権に参加を予定しています。昨日の天気とは打って変わって気持ちのいい日となりました。試合中はマーカー(キーパー)を含め、全てのポジションを経験させていただきました。また試合中に360とスカイシュートでツーポイントを決めることができ、個人的にも納得のいく試合内容となりました。今週の土曜日は更に四つの練習試合が入っており、ギリシャへの最終調整の山となります。今からわくわくしています。。。

Tuesday, May 16, 2006

ビーチハンドボール天国へ

あっという間に5月も中旬です。定期的に更新できていないのが悲しいのですが、今週末からいよいよクロアチア。。。待ちに待っていたクロアチアです。三月~四月は大会が続き、「ハンドボール天国」でしたが、今回は「ビーチハンドボール天国」です。オースチンでは殆ど独りでのトレーニングのみですので、渡欧後は毎日チームと共に練習できるという事実自体が、大変贅沢なことに思えて仕方ありません。単純に毎日練習できるという事実だけでも、私の「天国」は成立してしまうようです。

予定としましては、二週間クラブと共に練習・調整を行い、六月の第一週末にギリシャで行われるビーチハンドボールのヨーロッパ選手権に参加する形となります。先日、チームの名簿をお送りいただき、そこに自分の名前を見たとき、表現しがたい感動に襲われました。名簿を額縁に入れて飾りたいくらいです。

一緒にプレーさせていただくクラブはクロアチアの首都ザグレブに拠点を置くKontesa Neraです。クロアチアで初めてビーチハンドボールのクラブとして正式登録し、クロアチア、そしてヨーロッパのビーチハンドボール界をリードする由緒正しいクラブです。2004年にはヨーロッパのビーチハンドボールツアーで一位に輝き、2005年には同ツアーで4位という優秀な成績を収めています。このようなクラブと一緒にプレーさせていただく事実自体、奇跡的な出来事であり、今更ながら自分の運の良さに驚かされるばかりです。

話が前後しますが、四月末に行われたクラブ選手権は、私たちのクラブにとって大変良い経験となりました。結果、五位でした。昨年に比べ、一ランクダウンですが、チーム一丸となって、それぞれの試合に最善の状態で臨むことができ、チームとしての自信につながる大会と成りました。ハンドボールを始めて日の浅い選手の頑張りが、チームの雰囲気を盛り上げ、経験のある選手も、ポイントポイントを抑えた試合展開を意識し、全体的にいい雰囲気を維持することが出来たと思います。

反面、個人的には、大変課題の残る大会でもありました。コーチを引き受けてくださった方には、攻撃で消極的過ぎる、と三日間を通して言われ続け、やっと最後の試合(五位決定戦)でそれを解消する糸口を掴めた気がします。「最終試合でプレーできたように、全試合に臨めていたら。。。」といったwhat ifの思考は、大会を終えて三週間が経とうとする今でも、夢に出てきます。不健康ですね。(笑)考えてばかりでも仕方ないので、取り敢えず、いつもの通り、動くことでその思考を拭い去ろうとしています。

メンタルの部分のトレーニングは、フィジカルよりも難しい事実を、今回の大会後、ひしひしと感じます。アスリートにとって、メンタルとフィジカルは密接に関係していますので、どちらか一つに長けていてもコートではチームに貢献できません。個人的な反省点として、フィジカルのトレーニングばかりに集中しすぎていたことが挙げられます。来シーズンにむけて、メンタルの部分を鍛え、チームの柱として堂々とプレーできるように頑張ります。頑張ります。頑張ります。。。

Tuesday, April 25, 2006

全国クラブ選手権

忙しさにかまけて更新をサボっているうちに、思いがけない方からご連絡をいただきました。中学、高校時代の憧れの先輩です。全国クラブ選手権を数日後に控え、最高のタイミングで背中を押していただけたような気がします。先輩、ありがとうございました!今後とも、温かく見守っていただければ幸いです。どうぞ宜しくお願い致します。

というわけで、あっという間に四月も末です。そして、四月を締めくくる最後の週は、待ちに待っていた全国大会。試合の組み合わせも発表され、あとは最後の調整をしつつ、本番を待つのみ。昨年は四位に終わったこの大会。既に一年の時が経ってしまったとは、信じられません。時の流れは速いものです。私がこのクラブを通してハンドボールとの再会を果たしてから、既に一年半が経とうとしています。この一年半で積み上げてきたコート上での判断力、中高校時代に仕込んでいただいたハンドボールの基礎、このチームのキャプテンという立場から学んだこと、そして何事にも代えられない、ハンドボールを握れる喜び。全て出し切ります。

一試合一試合、背水の陣で臨むのみです。

Tuesday, April 11, 2006

悪夢の二週間

一日には二十四時間しかないという事実を、これほどにも呪った二週間はありませんでした。と、冗談半分に書いておりますが、半分以上本気です。

端的に言いますと、この二週間、トレーニングが充分に出来ない状態におかれていました。全国大会を目前に控え、この状況に陥るには最悪の。。。もとい、好ましくない時期でした。全国大会まであと三週間弱ある事を考えると、28日まで調整できることを幸いと思うべきなのでしょう。何事も捉え方次第ですね。

この二週間を振り返り、一言で感想をまとめますと、「ハンドボールのない日々=心から笑えない日々」となります。熱意を持って当たっている事から離れるということは、精神的にもダメージの大きなことなのだと改めて感じました。

ということで、トレーニング再開です。縄跳び、長距離、短距離、フットワーク、フェイント練習、何でもこいです。やります。全国大会。何がどうであれ、出来る限りのプレーをしたいです。100%で臨んで、精一杯プレーしたいのです。結果は、自然とついてくると信じています。

ちなみにこの二週間の状況について、チームメートには内緒です。。。

<最近のニュースから>
突然サッカーの話題になりますが、ボルトンの中田選手に戦力外通告が危ぶまれていると報道されています。常々から彼のウェブサイトに掲載される「メール」に励まされている自分にとって、心が痛むニュースである反面、彼ならば転禍為福できると妙に確信があったりもします。中田選手のように、精神的に成熟したプロアスリートならば、きっと自分にとっての居場所を作り出し、またファンを魅了してくださると思うのです。今後の動きに注目していきたいと思います。

Sunday, March 26, 2006

予期せぬ遭遇


予期していなかったことが起こりました。いや、将来的には想定範囲に入っていた事態でしたが、こんなに早い段階で遭遇するとは夢にも思いませんでした。

本日、友人二人とサンマルコスにあるアウトレットモールに出かけました。私のリクエストで、まず最初のお店はAdidas。。。当然ですね。トレーニングウェアが安く手に入るので、サンマルコスに行く度にお世話になっているお店です。

何気なく運動靴を見て回っていると、なんとあの見慣れた、且つ入手困難な世界の認めるハンドボールシューズ、スタビルが飄々と陳列されているではありませんか!残念ながら自分のサイズは品切れで、購入こそしませんでしたが、感動で涙が出てきました。友人二人と店員さんまで巻き込んで、この感動を分かち合いました。(といっても、多分本気で感動していたのは私だけでしたが。)

ハンド不毛の地アメリカでハンドボール用品を入手するのは容易ではなく、アメリカ国内ではオンラインでさえも、限られたグッズしか購入出来ないのが現状です。そんな中、今日スタビルをお店で発見した感動は一際でした。些細なことといえば些細なことなのですが、handball junkieである私の中では、今年感動した瞬間ベストスリーに入る程の出来事でした。

メジャー化の先には、きっと、ハンドボール用品がスポーツ用品店に常時在庫されている状況が訪れるでしょう。ハンドボールシューズ、ハンドボール、松ヤニ、ヤニクリーナー。。。長い道のりですが、出来るところからこつこつと、前進して行こうと思います。

<余談>
ちなみにお値段は約3500円程とかなりお手ごろでした。何処の店舗の余剰在庫だったようです。もともとどこで売っていたのか、気になります。。。

Thursday, March 23, 2006

いよいよです。

四月です。いよいよ全国クラブ選手権の季節がやってまいりました。今年も開催地は地元ヒューストン。三年連続でヒューストンでの開催となります。地元の私たちにとっては幸運なシナリオですが、他の州からの参加チームにとっても、ヒューストンはアメリカ中部の大都市ということで、交通の便も良く、遠征しやすい都市といえると思います。

本日、ようやく主催のUSオリンピック委員会より詳細情報が配信され、早速Houston Shooting Starsの登録書類と参加費を郵送。登録手続きは準備完了です。

さて、書類上は準備万端でも、プレーヤーとして準備ができているかといえば。。。まだまだです。本番の4月28日―30日まで残るところ5週間。5週間といえば、アサガオの種が立派な苗に成長し、もう少しで花を咲かせてしまうくらいの時間です。ということで、私たちHouston Shooting Starsも今がスタート。大舞台へ向けて、日々の練習を怠らず、体力をつけ、技術を磨くと共に、練習を続けることから築くことのできる自信をつけて行きたいと思います。

自信。大切です。自信がないと、勝ちを信じられない。勝ちを信じられないチームは勝てない。それではチームとしてどう自信をつける?―――スポ根一直線の回答ですが、やはり共に厳しい練習に耐え、共に課題を達成いく過程こそ、チームとしての自信をつけていける道なのだと思います。頑張ります!

Friday, March 17, 2006

ヨーロッパへ。。。

遂に、遂に、遂に、買ってしまいました!ヨーロッパへのチケットを!

昨年からお誘いいただいていたクロアチアのチームと、六月上旬にギリシャで行われるヨーロッパビーチハンドボールクラブ選手権に参加することになりました。このような機会を与えていただけた、自分の運の強さに改めて驚きつつ、いただいたチャンスを最大限に活かしたいと、毎日トレーニングに励むばかりです。

2005年、ヨーロッパのビーチハンドボールツアーには116組の女子のチームが参加しました。今回誘ってくださったのは、2005年総合4位であったチームです。このチームは2004年にはヨーロッパを制覇しており、このようなクラブとプレーできることは正にまたとないチャンスなのです。心は既にヨーロッパ、です。

四月の末には地元ヒューストンで全米クラブ選手権が開催されますので、取り敢えずそれまでは室内ハンドボール主体のトレーニングとなりますが、その後はビーチハンドボール一直線です。太陽の下で汗と砂まみれになりながらハンドボールを楽しむ。。。これは本当に病み付きになります。

以前のポストでも書きましたが、ビーチハンドボールは、アメリカでメジャーなスポーツと成り得る要素を充分に含んでいると思います。アウトドア、しかも海辺であること。一チーム四人と少なくルールがわかりやすいこと。テンポが速い試合展開のため、見る側も充分に楽しめること。観客を魅了するシュートが二点となるなど、観客に楽しんでもらえる要素が考慮されていること。

今年も、うちのクラブはヒューストン近郊でビーチハンドボールの大会を主催します。うまくマーケティングしていけば、ビーチハンドボールをオリンピック競技にすることも夢ではありません。夢は大きく。。。!

Thursday, March 16, 2006

ファルコンカップ

3月11日12日とコロラド州で開催されたファルコンカップに参加してきました。空軍士官学校主催で、残念ながら男子の部のみでしたが、うちのクラブは結局ぎりぎりの人数しか集まらなかったため、怪我人が出たときのために、私も取り敢えずベンチ入りすることに。

出場チームは計五組。二日間で計五試合。主催者の空軍士官学校から二チーム、コロラド州立大学、(なぜか)「寿司マスターズ」と名乗るコロラドズプリングスのクラブ、そして私たちヒューストンスターズ。

それにしてもコロラドスプリングスの空気は本当に薄いのですね。アメリカのオリンピックトレーニングセンターがコロラドスプリングスに位置しているのも納得です。あの空気の薄さの中、毎日走りこんでいれば、「下山」しての運動は随分楽になるのでしょう。残念ながら、普段から練習量が特別多いわけでもなく、平均年齢も30を超えるうちの選手たちには、この海抜高度はマイナスの効果にしか成り得ませんでした。

しかし、ハンドボールジャンキーの私にとっては、実は願ったりかなったりの状況。というのも、チームメートの彼らが息を切らしている隙に、私の出場時間が生じたからです!普段から走りこんでいた甲斐がありました!

DFでは高さでは対応できなかったので、取り敢えず横の動きに集中し、何とか数回オフェンシブファウル取ることが出来ました。攻撃では、左サイドからの切込みを主として、積極的に攻撃に参加できたかと思います。走り負けだけはしたくなかったので、取り敢えず速攻は頑張りました。

日本では服のサイズが見つけられないほど逞しくても、アメリカの体育会系では小さい部類に入ります。そんな中でも、体格に制限されることなく、自分だから出来る事を明確化してチームに貢献することの大切さを改めて認識出来たことは、この大会から得られたことの一つです。

結果的に、一日目は、最初の二つの試合(対コロラド州立大学&対空軍A)を何れも一点差で落としてしまいました。同じクラブの所属しているメンバーとは言えども、二名はダラス、二名はオースチン、その他はヒューストン在住、と言うことで、やはりお互いのプレーになれるのに時間がかかってしまいました。(ところで、これは先週末のウエストポイントでも一緒でした。同じ失敗を繰り返すことほど悔しいことはありませんね。。。)午後の二試合には、旧オリンピック選手を擁する寿司マスターズと空軍Bに余裕を持って勝つことが出来ました。

一日めの結果をまとめてみると、三位での折り返し。二日目の三位決定戦の相手はコロラド州立大学です。この試合は経験が物を言いました。前半から、右45度のボリス(左腕・190センチ)を中心に得点を重ね、安定したDFで相手の攻撃を封じ、難なくブロンズを手にすることが出来ました。

六週間後に全国クラブ選手権を控えたヒューストンスターズにとって、今回のファルコンカップは大変有意義な大会となり、私個人的にも体格の大きな選手との攻防を経験できたいい機会となりました。

Tuesday, March 07, 2006

ウエストポイントを終えて


待ちに待っていたウエストポイントでの大会が幕を閉じました。結果は二位。最終的に出場チームは、主催のウエストポイントから二チーム、アメリカ代表から二チーム、そして私たちボストンとヒューストンの混成チームの五チーム。カナダとアトランタは大会直前に出場を辞退したとのこと。

この大会を通じて最も強く感じたことは、監督のありがたみでした。ヒューストンファイヤーホークスの監督が来てくださったため、チームとして明確な目標を立てて、一つ一つの試合に臨むことが出来ました。当たり前のことのようですが、ハンドボール人口が極めて少ないこの国では、監督のいらっしゃるチームは稀なのです。私たちのクラブでは、昨年の全国大会の際にはヨーロッパから監督をお招きして数週間、全国大会に向けてチームをまとめていただきましたが、その後は入れ代わり立ち代わりでなかなか毎回の練習に時間を割いてくださる監督と巡り会えずにいます。

個人的には、ポジションは主に左サイドと左45度でした。左サイドでは、攻撃の際の位置取りを深くし、ディフェンスの間隔を広げつつ、一対一とサイドから逆側への切込みを中心に攻撃に参加することが目標でした。一対一は内側へカットインすることはうまく出来ましたが、外側へかわしてゴールにつなげる部分では課題が残りました。これはこれから猛特訓しなければ。左45度からも、なんとか隙間をつくりだし攻撃展開に参加できたと思います。今まではロングシュートへの苦手意識から、45度を務める機会が少なかったのですが、今回の試合でこのポジションをする機会をいただき、自分の中の意識改革につなげられました。

決勝戦はアメリカ代表との試合は、残念ながら惨敗。これは悔しい黒星でした。アメリカ代表に比べ、ハンドボール歴は私たちのチームがはるかに長く、経験もはるかに多い。が、ふたを開けてみれば、10点以上の差で負けてしまいました。理由は明らかです。持久力。負けること自体、十分に悔しいのですが、今回の負けは更に悔しいのです。持久力は誰でも築くことが出来るからです。当たり前のことですが、チームと合流して練習することが出来ずとも、持久力を高めることは出来きるのです。言い訳のしようのない負け方です。

課題:
-ターンフェイクの完成
-バイシクルの完成
-サイドシュート:もっと角度を広げる方向に跳ぶ。ふかしのときのひじの動き。逆スピンシュート。
-持久力の向上

良かった事、嬉しかった事:
-監督が私にほとんどのペナルティーショットを打たせてくれたこと。
-普段と違うポジションをプレー出来たこと。
-監督にサイドをプレーするに当たってのアドバイスをいただけたこと。
-すばらしい仲間との時間。
-ニューヨークでハンドボールをされている山田さんのお知り合いの記者さんに取材を受けたこと。(多少はメジャー化に貢献できるのかしら。)
-ウエストポイントの景色がすばらしかったこと。
-テキサスではたんすの肥やしとなりつつある、お気に入りの冬物の服を着れたこと。

悔しかったこと:
-アメリカ代表に負けたこと。(次回は必ず勝たねば!)

驚いたこと:
-一日めの一試合目に両足首を挫いたこと。(今まで足を挫いたことなどなかったのに。。。)

ということで(?)、一言でまとめると、大変充実したhandball weekendでした。来週はコロラドです。空気の薄いコロラドです。15時間ほどの長旅になりますが、ハンドボールのためなら平気なのです。頑張ります!


写真:奥窪優木さん(ライター)

Friday, February 24, 2006

ウエストポイントへ向けて

三月四、五日に迫った、ウエストポイントの試合に向けての調整に気合が入ります。今週は初めてヒューストンフ ァイヤーホークスの練習に参加してきました。以前にも触れましたが、このファイヤーホークスというクラブは、現在私が所属するクラブのいわゆるスピンオフであり、クラブ間の交流は数ヶ月ほど前までは皆無でした。

様々な葛藤の渦巻く中、「ハンドボールをプレーすること」を最優先事項とし、それに続 く様々な決断をしてきた結果、やっと今回のように一緒に練習し、人数 が足りないときはお互いのクラブを補い合いながら遠征を敢行できる環境を築く、第一歩を踏み出すことが出来ました。handball junkieの私にとっては、願ったりかなったりの変化です。

これは、微々たる変化といえば微々たる変化ではありますが、長期的に大きな変化の一部となり得るような小さな変化は常に大歓迎です。もちろん、長期的な変化の後に続くものは、このハンド不毛の地でのハンドメジャー化 。夢は大きく、です。

さて、今回私たちが参加するウエストポイ ントの試合は、高レベルな大会となりそうです。まず主催地ウエストポイントから二チーム、カナダから二チーム、アメリカ代表二チーム、アトランタの名門ロック、カロライナ州から一チーム、そして私たちボストンとヒューストンの混合チーム。。。

試合前に、私がヒューストンで参加できる練習は後三度。長距離運転のし過ぎに多少不安が残りますが、贅沢は言っていられません。出来るところから、ただただ全力を尽くすのみです。

選り好みせず、こだわり続ける

最近、自分を表現するのに最適の言葉に辿り着きました。 「handball junkie」です。

最近ひしひしと感じることは、ハンドボールを楽しみたいのなら、選り好みはしてはいられないということです。プレーする時間、プレーする場所、プレーする仲間、プレーするフォーマット。。。この国でのハンドボールのリソースは極々限られています。選択の余地がないのが現状なのです。

仕事でも趣味でも、物事に当たるとき、自分に与えられた環境を大切にし、その環境の中で最大限の努力をすることが一つ。それと共に、その環境の中だけに留まらず、井の外に存在する未知の物に視野を広げ、既存の環境を向上させていくのが一つ。

居心地のいい環境の中に留まる選択もあります。既存の環境そのものにこだわりを持つ選択もあります。しかし、その上を目指そうとするとき、何にこだわるか。こだわるものによって、目指す場所がグッと変わってくると思うのです。私は、何よりもハンドボールを楽しむことにこだわりたいのです。そのこだわりを第一として、その他諸々が決まってきます。

「こだわり」:大好きな言葉の一つです。物事にこだわり続けてこそ、生み出されるわざ。そのわざに触れるとき、人の心が揺り動かされる。何をするにしろ、そんなこだわりを持ち続けられたらステキです。

他の何にでもなく、ハンドボールを楽しむことにこだわり続けたい。私が細かいことに制限されることなく、ハンドボールを楽しむことにこだわり続けてこそ、ハンドボール伝道活動に実がなり花が咲く。これが最近私の感じるところです。

Thursday, February 16, 2006

シーズン到来

ハンド不毛の地アメリカでもハンドのシーズンがやってきました。毎年二月から五月にかけては最も大会の多い時期です。トレーニングにも一層気合が入ります。

と、個人的には試合試合と浮かれてしまっているのですが、実はアメリカのハンドボール協会は窮地に立たされています。残念ながら、アメリカのハンドボール協会はオリンピック委員会との食い違いより、協会としての地位を剥奪されてしまいました。長い話になるので詳細は省略しますが、結果的に私たちのような一般ハンドボール愛好家にどのような影響があるかと考えると、まず大会の運営がし辛くなります。今まで、協会は大会の主催者に対して、審判・保険等の費用を補助してきましたが、今はその補助すべき団体が無い状態なのです。

こういった状況の中でも、大会が主催できる経済力を持つのは、やはり軍隊関連のチーム。三月の第一週めはニューヨークのウエストポイント陸軍士官学校で、そして第二週目にはコロラドの空軍士官学校で大会が開催されます。残念ながらコロラドは男子の部だけなのですが、うちのクラブの男の子たちに混じってプレーしてしまおうと企んでいます。(笑)

ウエストポイントでは、毎日厳しいトレーニングを重ねる兵士さんたちを相手に試合です。走り負けしないように、今月は走りこみの距離を伸ばしてはいるものの、やはり不安が残ります。ミスを極力減らし、速攻のチャンスを与えない試合展開を心がけていけば、きっと私たちにもチャンスはあると思います。

結局私たちのクラブでは、ウエストポイントに向けて充分な人数が集まらなかったため、昨年10月のノースカロライナの大会に参加したメンバーと共に、この試合に参加することになりました。ノースカロライナでは9人のチームだったので、常にスタメンとしてプレーできましたが、今回は最終的に13人のチームになっているので、今からスタメン出場できるかドキドキです。

ウエストポイントまであと二週間!気合を入れなおして、全力で試合に臨みます。

Wednesday, February 01, 2006

ハンドボール用語

最近、複数の方より、英語のハンドボール用語について質問をいただきましたので、思いつくままにまとめてみたいと思います。カタカナ用語が多いので、あまり役に立っていないような気が否めませんが。。。

<ポジション等>
キーパー:goalkeeper / goalie
右サイド:right wing
右45:right back / right half
センター:center back
ポスト:pivot / circle
左45:left back
左サイド:left wing
監督:coach
フィールドプレーヤー:court player(s)

<コート>
ゴールライン:goal line
ゴールエリア:goal area
6メーター:6-meter line
7メーター:7-meter line
9メーター:9-meter line
センターライン:center line
サイドライン:side line
交代ライン:substitution line

<試合・ルール>
審判:referee(s)
笛:whistle
タイムキーパー:time keeper
前半:first half
ハーフタイム:half time
後半:second half
延長:over time
オーバーステップ:over-steps / steps
ダブルドリブル:double dribble
チャージ:offensive foul / charging
パッシブ:passive play
9メーターフリースロー:free-throw
サイドスロー:throw-in
ペナルティー:7-meter throw
キーパーボール:goalkeeper-throw
不正交代:faulty substitution
ペナルティーコンテスト:7-meter throwing
タイム:time-out
警告:warning
2分間の退場:2-minute suspension
失格:disqualification
追放:exclusion
得点王:scoring leader
最優秀選手:MVP

<用具>
松ヤニ:stickum
テーピング:tape
ユニフォーム:uniform / jersey

<怪我等>
怪我:injury
突き指:jammed finger / sprained finger
捻挫:sprain
靱帯:ligament
青アザ:bruise / black-and-blue
骨折:broken bone
擦り傷:scratch

語学上達の鍵は、「伝えたい」という意思だと思います。ハンドボールを愛する人に共通して言えることだと思いますが、ハンドボールをしていると、伝えたいことがたくさんでてきます。私自身も、普段はあまり話すほうではないのですが、ハンドボールのことになると機関銃のように話まくってしまうタイプです。これから留学・海外赴任される皆さん、ハンドを語学上達の手段として使ってみるのもいいのではないでしょうか。

(某Mさん、メールと重複してしまって、ごめんなさい。)

Monday, January 23, 2006

記念すべき一日

1月21日は私達テキサスチームハンドボールクラブ (別称:スターズ)にとって、記念すべき一日となりました。具体的に何が行われたかというと、練習試合です。相手はヒューストンで活動するファイヤーホークス。ここ一年半、ファイヤーホークスと私達のクラブは、何れもヒューストンを主体として活動してきました。しかし、正式に練習試合が取り持たれたのは今回が初めてだったのです。

同じ街で同じスポーツをしながら、親善試合が行われていなかった背景は、二つのクラブの設立の過程にありました。三年前にヒューストンで初めて結成されたクラブは、現在私の所属するテキサスチームハンドボールクラブです。現在のファイヤーホークスのメンバーは、もともとテキサスチームハンドボールクラブでプレーされていた方々です。クラブ運営を行う中で、様々な考え方の違いが生じ、その結果、二つのチームに分かれるという結論に至ったようです。その後は、クラブ分割の際の感情的な要素が二つのクラブの親善を阻んでいました。

しかし、アメリカで二つ以上のクラブが活動をしているという状況は極めて贅沢なことなのです。状況を理解し、「それではどうすべきか?」と考えるとき、最終的に辿り着くところは、「ハンドボールを楽しむ」ということでした。そこを原点として一つ一つの壁を乗り越えていった結果が、今回の練習試合となったのです。単純なことではあるのですが、長い道のりでした。ということで、今回の練習試合は参加者全員にとって、大変感慨深いものとなったのです。

このような背景があったこともあり、試合内容は大変白熱したものとなりました。男子の試合では、乱闘が起こりかけたほど、火花が飛び散る試合でした。私達女子も、久しぶりの試合で、今後の課題が浮き彫りとなる、大変良い経験となりました。今後も定期的にファイヤーホークスと練習試合を組んで行きたいと思います。

さて、オースチンは、といえば、今回は今まで最高の参加者数でした。今回の練習試合には、オースチンから五人での遠征だったのです。愛車のあっこちゃんに、五人も乗せるのは初めてのことで、つと今までの一人での遠征を思い返し、この五人の重みを、噛み締めていたのでした。この調子で、次回は車が二台必要となるよう、地道にハンドボール伝道活動を続けて行きたいと思います。

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最近シカゴで活動を始めたクラブのウェブサイトをリンクしておきます。

www.chicagointerhandball.org

Wednesday, January 04, 2006

新年とビーチとメジャー化と

新年明けましておめでとうございます。

私にとっての2005年は、大きな変化の年であったとともに、新しい出会いに恵まれた素晴らしい年でした。悲しい別れもありましたが、別れの悲しみは、新しい出会いのありがたさを、一層増してくれるように感じます。2006年も、感謝の気持ちを忘れずに、精進していきたいと思いますので、どうぞ宜しくお願い致します。

出会い、と一言で言ってみても、本当に様々な出会いがあったのです。その中でも、最も印象深い出会いは、ビーチハンドボールとの出会いでした。冬が深まるにつれ、ビーチハンドボールが恋しくなっているこの状況は、いわゆる無いものねだり、なのでしょうか。

2005年に初めて挑戦したビーチハンドボール。五月から九月にかけては、ビーチハンドボール一色でした。片道四時間の運転は、やはり常識で考えると最善の策ではありませんので、今年はオースチン界隈の湖の砂辺を利用して、練習を行おうかと考えています。

ビーチハンドボールは、アメリカでは受け入れられ易いスポーツだと思うのです。競技自体の魅力に加え、海、砂浜、太陽。。。夏の魅力がぎっしりと詰まっているのです。個人的にビーチハンドボールの大ファンである私は、このスポーツは、ハンドボールのメジャー化に貢献できる強力な要素だと思っています。ハンドボールに比べて、コート上の人数も少なく、ハンドボールを知らない初心者の方にも、第一歩が踏み出しやすいフォーマットといえるでしょう。

同じ浜辺でのスポーツである、ビーチバレーは過去十年で大きな成長を遂げました。皆さんもご存知の通り、ビーチバレーは今ではオリンピック競技となっています。それは、ビーチバレーに携わる方々の並ならぬ努力の賜物であり、そこには私たちハンドボールのメジャー化を図る者が、見習うべき要素が多く含まれていると思うのです。

私の所属するクラブは、今年もガルベストンでビーチハンドボールの大会を主催します。昨年はヨーロッパのトップレベルのクラブに参加いただきましたので、今年は更に多くのチームにおいでいただき、アメリカでのハンドボール&ビーチハンドボールの普及に励んでいきたいと思います

2006年最初の練習まであと二週間。。。ボールを触りたくて、ウズウズしてきました。取り敢えず走ってきます。。。

Monday, December 19, 2005

熱いです。

何が熱いかと言いますと、今、ライブドアの人気ブログランキング・スポーツ部門が、熱いのです。

日本リーグ一部の大崎電気で活躍される宮崎大輔選手が、一位の指定席を確保されたかと思えば、ブンデスリーガで活躍される植松選手、日本リーグ一部の湧永製薬で活躍される下川選手、そして元祖送球狂のクロさんのブログが二十位以内にランクインしているのです。御四方揃ってのトップテン入りも、そう遠くはない勢いです。ハンドボール、素晴らしいです。皆さんのメジャー化への日々の取り組みのあらわれだと思います。

もちろんライブドアだけでなく、他のサーチエンジンのブログを使用されている方もいらっしゃいますが、最近、ライブドアのランキングからの熱気に大変励まされているため、ポストしてみました。

それぞれの皆さんのブログに、世界中のハンドボールプレーヤーの励みとなる内容が記されていることは、ハンドボールに関わる者なら、十分に理解されていると思いますので、この期に及んで「クリックしましょう」とは言いません。どんな形であれ、ハンドボールに関わる者にとって、下記リンクへの訪問は、私達「クリックする側」のためであると思います。ハンドボールメジャー化の立て役者となっている方々のブログサイトから、学べることを、学んで行きたいと思います。


植松選手ブログ:http://blog.livedoor.jp/shin636/
クロさんブログ:http://blog.livedoor.jp/crazy_for_handball/
下川選手ブログ:http://blog.livedoor.jp/wakuno3/
宮崎選手ブログ:http://blog.livedoor.jp/m_daisuke7/

(あいうえお順)

Thursday, December 15, 2005

ヨーロッパからの便り

本年も残すことあと二週間。この二週間の予定は、なんと、引越しです。なぜ今の時期に。。。、という気もしますが、師走の頃は多忙でないと、返って物足りない気がしますので、師走の引越しもまた趣がある、と自己催眠をかけています。

某コミュニティーでもちらっと紹介しましたが、DRのサイトで、ヨーロッパのクラブ選手権らしきChampions Leagueの予選の様子をまとめたビデオが見られます。 ページ右のhandball favoritesからどうぞ。

30分ほどのビデオで、とても見応えがあります。日本でも、近い将来、このようなビデオがウェブで開示されるほど、ハンドがメジャーになる日が来ます。草の根レベルから盛り上げていきましょう!

Thursday, December 08, 2005

寒極み、感極まる師走の吉日


先週の土曜日は袖なしでカヤックに出かけられたほど暖かかったテキサス。今日は凍結警報が出ています。なんて気まぐれな気候でしょう。ただひたすら長く、暑かった夏を思うと、冬季はこんな変化が多少嬉しかったりもします。

凍結警報など、一年に一度あるかないかの土地柄ですので、いざ警報が出されると、大騒ぎです。会社や学校がお休みになります。まさに、南の島に雨が降るほどの事態なのです。

「勤勉な日本人」で通している私は、凍結警報が出ても、会社を休むわけにもいきません。気合を入れて、普段より早く家を出ました。なんと愛車あっこちゃんのバンパーにツララが。。。テキサスでツララを見たのは、これが初めてでした。

しかし「一大事」であるべき凍結警報も、今日は気にならないのです。どうしてでしょう?想像がつかずにいらっしゃる方は、前回ポストのvisionのコメントをご覧ください。。。

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信じられますか?ブンデスリーガで活躍される植松選手が、こんな私のブログにコメントを残してくださったんです。信じられません。(!を使うべきところですが、!が10個ほど必要になるので、敢えて。を使います。)今日一日、いえ、今月一杯は充分に幸せな気分でいられそうです。

ハンドボールの魅力の一つとして、選手とファンの距離が近いことが挙げられます。日本の、そして世界のトップレベルでご活躍される選手の方々と、直接コミュニケーションを図れるというのは、軽んずるべきでない、とてもありがたい状況であると思います。選手の方々の一人一人が、ハンドボールメジャー化の一端を担っているという意識があるからこそ、実現している状況だと思うのです。

それでは、私たちハンドボール好きの一般人は、メジャー化のために何が出来るでしょうか?―――多分、多くの方が賛成してくださるのではないかと思いますが、私たち一人一人に出来ることは、「積極参加」だと思うのです。何に積極参加するかは、正直、何でもいいと思うのです。

ハンドボールをプレーする、ハンドボールを指導する、ハンドボールを観戦する、ハンドボールを語る、ハンドボールを学ぶ、ハンドボールの団体に所属する。。。

本当に、何でもいいのです。どんな状況にあっても、きっと何か出来ることがあると思うのです。学校や仕事が忙しい方もいらっしゃるかと思います。わかります。ただ、最近しみじみlife is too short not to play handballと感じるのです。明日は何が起こるかわからない人生です。今日ハンドボールのために出来る事をしたいと思うのです。

感極まり、ついつい素面で熱く語ってしまいました。語らずにはいられないくらいの「一大事」でしたので、大目に見ていただければ幸いです。

Monday, December 05, 2005

vision

個人的に、タイトルだけ英語にするのはあまり好まないのですが、しっくりくる日本語が見つからず、また英語のタイトルで落ち着いてしまいました。

この世のものとは思えないほど忙しかった十一月も終わり、十二月に突入。オースチンハンドボール部,、今年の練習も残すところあと一回のみ。ヒューストンのクラブの練習予定に合わせ、クリスマス、お正月は練習もきっぱりお休みとしました。

2005年を振り返り、最近こそはペースダウンの感が否めなかったオースチンクラブも、2005年の初めと比べると、随分成長したと言えると思います。なんと言っても2005年の初め、オースチンクラブは存在していませんでした。―――前言撤回です。存在していました。テキサスハンドボールクラブの責任者であるDede Piankova氏の頭の中に。オースチンに住む私でさえ、今年の初頭には、まさかオースチンで練習が出来るようになるとは夢にも思っていなかったのですが、彼女にはvisionがあったのです。テキサスの全主要都市でハンドボールクラブを立ち上げるというvisionが。

今、現実にあることの全てが、誰かの頭の中でvisionとして生まれ、visionという実体のない存在から、大小様々な試行錯誤を経て、現実の存在へと姿を変えます。現実に存在しない物を、現実の物に変化させるには、まずvisionから始まるといえるでしょう。

Dedeの大きなvisionの波に乗らせてもらえたことで、今までで最高の年となった2005年。2006年への展望も膨らむ一方です。Visionをもてることは才能であり、その才能は経験と環境によって磨かれて行くのだと思います。

時に「夢がない」という話を聞くことがあります。それはそれで凄いことだと思うのです。夢がないと自覚している方は、夢の大切さを知っているからこそ、自覚を持てるのだと思います。「夢がない」という自覚から生まれる「夢を持ちたい」という夢は、素敵だと思います。どんな形でも夢を持つ人は輝いて見えます。夢は確固としたvisionに成長し、現実の物となっていく。素敵です。すみません。ちょっと思考に酔い気味です。

今週土曜日に予定されている2005年最後の練習後、また改めて本年のまとめを書きたいと思います。

Sunday, November 20, 2005

競争

またまた、土曜はヒューストンで練習試合に参加してきました。オースチンからの参加者は、私一人でしたが、0人ではないので良しとします。確かに、ヒューストンまで片道三時間弱であることを考えると、なかなかオースチンから参加者が集まらないのは理解できます。特にご家族のある方は、貴重な週末の六時間を車の中で過ごすというのは厳しいようです。

ヒューストンに着いてみると、見たことのない顔がちらほら。最近ヒューストンクラブにフランスの若者達(といっても多分私と同年代と思われる)が加わったようです。クラブに所属して長いプレーヤーたちも、「新参者」に負けてはいられない、と以前よりも更に気合が入っているようで、クラブ全体の雰囲気がグッと引き締まっていました。やはりスポーツでは、競争が大切だと改めて思います。対外クラブとの競争、クラブ内での競争、そして自分自身との競争。競争に勝つための過程こそが、アスリートの技術と精神を鍛え上げるのでしょう。

フランスの一部リーグで活躍される田場裕也選手のホームページで、「スポーツマンシップとは…」という題の日記を拝見しました。その文章を通して、プロの世界の厳しさを垣間見れたとともに、その裏にある田場選手の葛藤を感じることができ、大変勉強になりました。まだご覧になっていない方は、ぜひ
こちらからどうぞ。

どの競争にも、勝者と敗者があり、その過程には、勝者には勝者なりの、敗者には敗者なりの葛藤があります。葛藤から生じる不安に左右されることなく、次の競争へ向けて飽くなき挑戦を続けることこそ、アスリートがアスリートとなり得る条件なのではないかと思います。

最近、オースチンクラブのこととなると、どうもブログを書く筆(指?)が進みませんでした。日照時間が短くなるとともに、練習時間も減り、練習時間が減るとともに、参加者も減り、と、オースチンクラブは現在、いわゆる悪循環な状態にあるようです。感謝祭、クリスマス、お正月、と祝日が続くので、長期の休暇に入る方も多く、なかなか今後一、二ヶ月の練習予定が立てられずにいます。しかし、このような状況でも出来ることはたくさんありますので、目の前にある競争からじっくり挑戦していきたいと思います。

Sunday, November 13, 2005

久しぶりのヒューストン

土曜日にヒューストンでの練習試合に参加してきました。私にとって、久しぶりのヒューストンへの遠征。数ヶ月ぶりでしたが、練習場所への道のりはとても短く感じられました。というのも、今回は初めてオースチンから私以外の女の子、マセドニア出身のナターシャが参加してくれたからです。オースチンからヒューストンまでは三時間弱のドライブ。一人のときはカラオケをしながらCD三枚の道のり。今回はナターシャとのおしゃべりのおかげで、三時間が更に短く感じられたのでした。

サマータイムが終わり、日が短くなったことで、オースチンクラブは木曜日の練習を諦めざるを得ないことに。遺憾ながら、今月からは土曜日の練習だけとなっています。感謝祭、クリスマス、お正月と祝日が続くので、しばらくは週一の練習が続きそうです。ということで、今回オースチン勢は、ハンドボールにかなり「飢えた」状態での参加となりました。

ヒューストンに着いてみると、参加者のほとんどは女の子たち。ヒューストンの男性陣は、白星ゼロであった全国大会のトラウマから、まだ立ち直っていないようで、ほんの数人の参加でした。今回は、全体的にハンドボールを始めたばかりのプレーヤーの割合が多かったためか、試合はセットプレーよりも速攻の多い、テンポの速い試合展開に。

個人的にはセンターを務められて、とてもいい勉強になりました。センターとしては、まだまだ練習が必要なのですが、最近は元々のポジションである左サイドよりも、センターからのプレーに魅力を感じるようになっています。中学・高校のときは、コート全体の状況を把握する余裕が持てていなかったように思いますが、最近では攻撃の始めに一呼吸おいて、状況を分析しようとする気持ちの余裕が出てきたように感じます。やはりハンドボールは奥が深いですね。いろいろな国から来ている、さまざまなスタイルのプレーヤーとハンドボールができることは、コートでの思考を磨く上でも、とてもいい影響を与えてもらっています。

しばらくヒューストンのチームメートと会わないうちに、みんな力を伸ばしてきているのを、ひしひしと感じました。いい刺激になります。ヒューストンでは新しくコーチを迎えたばかりでもあり、皆の心新たな気合が感じられました。オースチンクラブも、ヒューストンと切磋琢磨し合い、前進し続けたいと思います。

Saturday, November 12, 2005

規約改訂

今まで、意識的にこのトピックを避けていたのですが、腹を据えて、書いてみることにしました。

書く事を決めたきっかけは、先日協会から届いた封書です。封書の内容は、見直しの進んでいた協会規約について、提案されている規約を見直したうえで、協会員として、可決か否決の投票をしましょう。という内容でした。

ここに至るまで、実に長い道のりでした。現在、協会の置かれている状況を簡潔に言い表せば、正に変動の時期。小泉首相のおっしゃるところの、「痛みを伴う改革」の真っ只中です。昨年選挙によって選出されたハードル会長は、以前にヨーロッパでプレーしており、今でも名門アトランタコンドルズで選手兼役員としてハンドボールの振興に携わっていらっしゃいます。ヨーロッパのモデルを理想とし、今アメリカのハンドボール界に必要な要素について、明確なビジョンをもっておられる方です。

アメリカの協会はここ十年以上、同じ「派閥」に所属するトップが権力を握っており、特記すべき功績は片手で数えられるほどだったのが、客観的な評価といえるでしょう。残念ながら「世界の舞台で認められる」という点にばかりに焦点が絞られ、その目標に近づくための基盤となる、国内でのハンドボールの振興への計画が追いついていませんでした。結果的には協会員数は10年前とさほど変わりのない数で、ハンドボールという競技自体の知名度も、国内ではそれといった変化がない状態が続いていました。

ヨーロッパで数年間選手生活を過ごしたハードル氏は、そんなアメリカ国内の状況に不満を感じつつ、数年にわたってジョージア州を中心として、活発な草の根活動を続けておられます。そんなハードル氏が、昨年の会長就任されたニュースは、後々協会の歴史として語り継がれる出来事ではないかと思います。

しかし、会長の座についたという事実によって、これまでの数十年に渡る運営方式や協会を取り巻くさまざまな状況が簡単に変わるわけではありませんでした。選出から一年ほど経つ現在まで、ハードル会長はありとあらゆる批判に耐えながら、ハンドボールを普及させるという目標を見失うことなく、今回の規約改訂の投票にたどり着いたのです。もちろん旧会長派(=現理事会メンバー)は、改訂自体を阻止しようと必死ですので、ハードル側と旧会長派の論争は延々と続いています。その結果、この約一年間でアメリカハンドボール界は大きく二つの「派閥」に分割されたと言えるでしょう。もともと協会委員数が600人前後であることを考えると、分割の余地はなかったのですが。

ハードル氏のこの一年のご苦労を考えるとき、長期に渡り、信じるところを貫き通され、今年10月14日に郵政民営化法案の成立にたどり着かれた、小泉純一郎氏と重ねずにはいられません。初志貫徹は、往々にして達成が困難ですが、不可能ではありません。その過程において、様々な意見が出てくるでしょう。志に反する、または方向性を異とする意見も、感謝の気持ちを持って耳を傾けるのが理想だと思います。そして意見する側も、「反対」の言葉に続く草案を掲げるべきでしょう。真のリーダーは、人の十倍の批判に耐えうる強さと、人の十倍の賞賛を与える優しさを持ち合わせていなくてはならないといいます。小泉氏とハードル氏、お二人は正にこの条件を満たした真のリーダーだと思うのです。

規約改訂は、アメリカでの長いハンドボールの歴史の始まりであり、今後の課題は山積みですが、一歩一歩前進あるのみです。一協会員としての責任を果たすべく、自分に与えられた一票を投じたい思います。

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ハードル氏の運営に反対する理事の方々を、個人的に非難する気持ちはありません。協会に関わるものの大半は、ハンドボールを愛する気持ちがあってこそ、その役職を遂行しています。どの「派閥」に属するにせよ、個人的にお話してみると、ハンド好きのやさしいおじさま&おばさまがたです。ただ、十年以上も同じ体制で、同じ運営方法を続け、結果が出せていないという事実は、謙虚に受け止める必要があると思うのです。

お断りするまでもないと思いますが、これはあくまで私見です。上記が事実に反することはないと信じていますが、協会の状況を、別な視点から見て、別な表現をされている方もいらっしゃること、付け加えさせていただきます。

参考リンク:
http://www.usateamhandball.org/usath/index.htm
http://www.teamhandball.blogspot.com/
http://condorhandball.com/news.php

Tuesday, November 01, 2005

weekend report


身体中の至る所に疲労を感じながら、日曜の22時に無事帰宅。翌日の月曜は朝から、全身筋肉痛のためアシモ君顔負けのロボット歩行で、同僚からは怪我をして帰ってきたと勘違いされました。

「当日仕上げ」の大会プログラムは(予想通り)遅れが出たため、最終日ラストゲームの後は、シャワーを浴びる暇もなく空港へ直行。飛行機の中では隣に座った方に申し訳ないと思いつつも、席に着いた途端に眠りに落ちました。頭が左右に揺れるたびに、はっと目を覚ましては、既に試合は終わり、飛行中であるを再認識しつつ、試合の事をぼんやりと思い返していました。


私たちのチームはボストンから五人、ヒューストンの二つのクラブから計四人で、最終的に九人での参加となりました。一日目は予選リーグで三試合、二日目は順位決定戦と決勝が行われました。

予選リーグ
私ともう一人のプレーヤーは残念ながら飛行機の遅れで一試合目には間に合わなかったのですが、チームとしてはベネディクトに大差での勝利。

二試合目は九人全員揃った状態で、軍隊のハンドボールチーム、ウエストポイントとの試合でした。ウエストポイントは、さすがに毎日の厳しいトレーニングに耐えてきているだけあり、ひたすら走れるチームです。こちらは、逆速攻に注意し、一回一回の攻めを大切に、落ち着いた試合展開ができたと思います。この九人が一つのチームとしてプレーするのは初めてだったため、チームメートの癖やプレースタイルなどを学ぶいい機会でもありました。こちらも最終的には20点差以上の差で勝利を収めることができました。

予選リーグ最後の三戦目は、同じくここまで全勝のノースカロライナ大学。さすがにお互い三試合目とあって、ロースコアのゲームで、全般を通して僅差のシーソーゲームでした。結果は二点差で負けてしまったのですが、個人的にはとても学ぶことの多い充実した試合でした。ヒューストンのチームでは、背の高い子が多いため、普段は攻めも守りも左サイドですが、この試合では守りで右45に入れてもらえたのです。高校の時も、45のディフェンスは好んでやらせていただいていた事を久しぶりに思い出し、相手チームのベストプレーヤーであった左45のプレーヤーをそれなりに封じることができたと思います。結果は負けでしたので、喜ぶべきところではないのですが、45のディフェンスの感覚を取り戻すきっかけを与えてもらえたことは、自分にとって貴重な経験だったと思います。攻めでは、大半は左サイドで、左45の子とうまく合わせられたのですが、シュートミスが何本かありました。今後はシュートの完成度を上げていかなくては。

ということで、予選リーグはグループ二位で決勝リーグ進出が決まりました。決勝リーグ第一戦に勝てば、決勝戦進出です。第一戦の相手は、地元の強豪ターヒール。ドイツ、デンマークからのプレーヤーから成るこのチームとの対戦は、苦戦になると予測されましたので、土曜の夜は全員深夜十二時までには床に着きました。

決勝リーグ
そうして迎えたターヒール戦。九人全員、気合は充分です。この試合も守りでは、相手のベストプレーヤーであった左45につくことになり、攻めでは主に左サイドを務めました。一人一人の力を比べれば、五分五分のゲームになることが予測されましたが、私たちの気合が相手を遥かに上回っていたようで、前半を終えた時点は6点差でリードしていました。後半も精一杯声を出し、チームの勢いを保ちつつ、ふたを開けてみれば再度大差での勝利を収めることが出来ました。

そしていよいよ決勝戦。相手は前日の三試合目であたっていたノースカロライナ大学。昨日の試合を振り返り、一人一人のプレーヤーを見てみると、充分に勝てる試合です。前日の敗戦は、メモリーカードからきれいに消去して、試合に臨みました。前半15分で6-4、私たちのペースで進みつつありました。しかし前半の締めの時間帯にシュートミスが続き、6-8でハーフタイム。まだまだ挽回がきく、と自分たちに言い聞かせながら臨んだ後半。ディフェンスはうまく回っていたものの、攻めでは前半からのミスが癖になったかのように、シュートミスやオフェンシブファウルが続き、最後には12-15で試合終了のホイッスルが響き渡りました。

本大会で初めて一緒にプレーをした子が殆どだった事を考えると、チームとしては、準優勝という結果は満足すべきだと思います。また、個人的には今後の課題が浮き彫りになった、とても有意義な大会でした。守りは、コートでの感覚を取り戻せるいい機会となりましたが、攻めの方では頭で判っていて、練習では出来ていたことでも、やはり実戦では活かせていないことが多々あることを思い知らされました。今のオースチンでの練習状況から言うと、贅沢な注文になってしまいますが、もっと実戦を交えた練習が必要です。ヒューストンとの練習試合に向けて、出来るところから練習して行こうと思います。

写真:上左から、ダニエラの旦那様で今回コーチをしてくださったヘイコ、ドイツ出身の左利きソニャ、ブラジル出身のダヌザ、同じくブラジルのジョウ、ノルウェー出身のエレン、私、同じクラブのドイツ人GKナタリー。下左から、ドイツ人のダニエラ、コロンビア出身のサンドラ、香港のヒメン。こうして並べてみると、アメリカ人のプレーヤーはいなかったこと、今になって気がつきました。(ため息。。。)

ノースカロライナのことばかりになってしまいましたが、そうです。この週末はオースチンクラブの初遠征でもあったのです。土曜日の試合の合間に、ヒューストンのチームメートに電話で状況確認をしたところ、オースチンから五人無事にヒューストン入りし、練習試合を存分に楽しんでいるとのこと。ほっと一安心です。後日談によると、彼ら
は練習試合後に、いそいそとヒューストンの繁華街へ繰り出していったとのことでした。かえってこのような時は、世話焼きの「母親」は不在のほうがいいのかもしれません。何はともあれ、それぞれがハンドボールを満喫できた、心も、身体も、そして天気までも晴れやかな週末でした。

Friday, October 28, 2005

いざノースカロライナへ

明日の早朝オースチンを発つのですが、大会一日前の今日、まだ組み合わせが出ていないとのこと。さすがアバウトなアメリカ人です。この国ではB型の私でさえ「几帳面」のカテゴリーに入ってしまうくらいですので、日本で「几帳面」な方はこちらでは超人的存在に成り得ると思われます。

「うーん、大丈夫かな」と多少不安を感じていたところに、この心境に追い撃ちをかけるように、一本の電話が。昨年同大会に出場した、ヒューストンのチームメートInaからでした。彼女の話によると、昨年はメダルやトロフィーの代わりに勝者にはSnickers(チョコレート菓子)が配られたそうです。しかも、前々から準備されていたものではなく、全行程が終了した時点で、会場の自動販売機から購入された代物とのこと。「ありえない!」と思ってしまう話ですが、実話のようです。Inaにしてみれば、激励の電話だったらしいのですが、多少不安が深まったような。。。

しかし、まあ、細かいことには目を瞑り、純粋にハンドボールを楽しんでこようと思います。今回はボストンの子が、まとめ役も買って出てくれましたので、「会場に行ってハンドボールをするだけ!」という、私にとってみればなんとも贅沢な状況です。八チームも出場予定をしていることですし、これはいい経験になること間違い無しです。期待と不安がほどよい感じに交錯してきたところで、荷物をまとめます。

Tuesday, October 25, 2005

はじめての...

私の「baby」であるオースチンクラブに二度目のチャレンジが訪れようとしています。チャレンジ、というほどのチャレンジでもないのかもしれませんが、「母親」である私としては、かなり心拍数が上がりつつあります。

というのも、今週末にオースチンクラブとして初の遠征が決まったのです。行き先はヒューストン。Texas Team Handball ClubsのSaturday Scrimmagesに参加します!多分オースチンクラブとしてチームを組むだけの数は集まらず、ヒューストンから何人かプレーヤーを貸していただくことになりそうなのですが。

このSaturday Scrimmagesは、約一週間前に詳細が発表されたイベントで、今週末を皮切りに年末までに計五回行われます。2004年の同イベントは、私が第二のハンドボール生活を始められた良いきっかけとなっていましたので、今年は更に気合が入ります。一年前は毎週末一人の遠征でしたが、今年はオースチンクラブと一緒です。

それではどうして心拍数が上がりつつあるかといいますと、私は今週末ノースカロライナの大会に参加することになっているのです。ノースカロライナの大会も、ぎりぎり八人での参加予定のため、キャンセルは不可。つまり、またもやオースチンクラブ「はじめてのおつかい」的な状態に。。。取り敢えず、心配していても何も始まりませんので、予定が発表された時点で、「常連」の一人ネイサンに今週末のことはお任せすることに。水曜日現在の時点では五人が参加予定をしているとのこと。嬉しい限りです。。。

きっと大丈夫、と思いながらも、未だに心拍数は平均以上。この先、クラブとしてこの「baby」が一人歩きできるようになるまでは、まだまだ努力が必要ですが、その過程で、一つ一つの役割を、メンバーに任せられるようにしていかなくてはなりません。そう考えると、今回の状況も単なる偶然の一致ではなかったのかも、と思います。

Friday, October 21, 2005

この良き日...

前回のポストでは触れなかったのですが、クラブ運営に携わる者にとって、最も大切な要素の一つが資金です。このトピックに触れなかったのには、訳があります。実は、まだ会費を集めたことがなかったのです。会費を集めるのは当然のことと理解しながらも、なかなか言い出せずにいたのには、大きく二つの理由がありました。

一つ目は、極端に少ない参加者を更に減らす結果にならないかという不安があったため、二つ目は、「寄与をお願いする」ということ自体が未知のコンセプトであり、なかなかそのハードルを乗り越えられずにいたため、でした。

ゴールを購入したときは、前々からの知り合いであったオースチン在住ハンドボーラーの方に、なんとか半分負担していただいていのですが、その他では「なあなあ」のまま、自腹で諸費用を賄っていました。しかし、やはりこれには限界があります。ということで、この日、やっと意を決して、ボールを購入するためのお金をみんなにお願いすることに。

「日頃からのご支援、ご協力に感謝致します... ボールを幾つか購入したいと思いますので...」といった簡単な内容のメールを送信するのに、何度深呼吸をしたことか...。勇気を出して、送信...。この時点で、かなりのエネルギーを使ってしまったのですが、とすると、数分後に返信メールが二通...。

一通目は、今年のNational Championships後にオースチンからワシントンD.C.に引っ越していた、K君から。「まだ学生の身なので、あまり多くは出せないけど、出せる範囲で出したいので、送り先の住所を教えてほしい。」とのこと...。これには、本気で泣けました。彼はオースチンに住んでおらず、私たちの一緒の練習には参加できないのですが、その彼がクラブに貢献したいという...。正に感動の嵐...。

二通目は、カナダ出身のN君。「全員に返信」で、「最近風邪を引いてしまったので、今日は練習に行けないけど、もちろんお金は次の練習に持っていくよ。みんなも出来るところからクラブをサポートしていこう!」と皆からの寄付を促す言葉を...。この二通のメールだけで、天にも昇る気持ちの一日でした。

と、思いきや、私の一日はそれでは終わりませんでした。今日はその後の練習も素晴らしかったのです。参加者の一人がGK専門でしたので、パス回しからポジションシュートに絞っての練習でしたが、このGKがすごいのです。ドイツ出身で、かつて二部リーグでプレーしていたとの実力派。私と同じように、渡米後数年間ハンドと離れた生活をし、オースチンクラブの練習に参加するようになった選手です。ギャップがあるとはいえ、彼のような熟練GK相手にシュート練習ができるというこの環境は、私にとってまさにハンドボール天国なのでは...、と参加者が四人だけであった事実を忘れ、暗くなるまで練習に没頭したのでした。「...」なしでは書き表せない、この良き日...でした。

Wednesday, October 19, 2005

過程

正直、この一週間ほど、毎回の練習内容よりも、参加者の数に一喜一憂してしまう自分に物悲しさを覚え、多少弱気になったりもしていました。ぐるぐる考えてばかりでは何も始まりませんので、取り敢えず出来るところから実行に移していくしかありません。やはり鍵は、楽しくいくことですね。

まだまだヨチヨチ歩きのオースチンクラブにとって、「クラブ運営」自体が未知のエリアなのですが、更に基本的なところでも、初めて経験することがたくさんあり、この二ヶ月ほど意外なところで新しい事を学ぶ機会がありました。恐らくその殆どは、私の計算違いによる単なる笑い話の域に留まることなのだと思いますが、取り敢えずまとめてみます。

ボール:車のトランクが用具箱代わりになっているのですが、テキサスの太陽を甘く見ていたようです。日中の気温の上昇に伴い、トランク内の温度もかなり上がっていたようで、貴重なボールを一個、駄目にしてしまいました。鉄則「ボールは涼しい場所に保管する」。。。

ゴール:当初の予定では、車の中に常時保管しておくつもりだったのですが、やはり車の中には入りませんでした。3メートルは意外に長いのですね。GKの皆様、お疲れ様です。ゴールの保管場所を確保できるまでは、ゴールと寝食を共にする(?)運命のようです。せめてアパートが一階だったら良かったのですが、よりにもよって三階住まい。まあ、ゴールを運ぶのも筋トレ代わりになっているので、良しとします。

場所:オースチンで一番メジャーな広場で練習しているため、私たちの周囲には他のスポーツを楽しむ人が多いのです。これは、やはり勧誘に最高の場所!多くの人々にハンドボールを目にしていただこうと、サッカーフィールドとビーチバレーコートの横を「定位置」としました。実際に、私たちの周りで他のスポーツをしているアスリートが、”What are you guys playing?”と話しかけてくることがあります。近い将来、きっと彼らもハンドボールの虜になると信じて、「定位置」をフルに活用していこうと思います。

ライン:某ホールセールのお店で、石灰よりも小麦粉が安いことに気がつきました。50lbsで9ドル(約23キロで千円程)。安いですよね?小麦粉でしたら、環境に優しく、周りに子供がいても心配ありませんし。スプレー式のラインマーカーなどもあるのですが、やはり高くついてしまいます。

コーチ:特別に募集の広告を出しているわけではないのですが、オースチンクラブのメールアドレスにも、毎月数回は、海外、特にヨーロッパの、コーチ志願の方から履歴書が送られてきます。しかし、なんといっても資金の問題が大きな壁となっています。実際、コーチがいてくれれば随分変わってくるのですが。当面は「常連」選手の一人に、コーチを兼ねてもらおうと思います。

練習内容:取り敢えず、基本的なメニューは作ってみたものの、やはりメニューに沿って練習できるかも参加者の数に左右されるところが大きいです。人数が少なくても(具体的には2~4人)出来る練習メニューについて、アイデアをお持ちでしたら、ぜひ教えていただければ幸いです。宜しくお願いします!

練習日程:初練習が8月25日に行われ、しばらくは毎週木曜日の練習をしていましたが、その一ヵ月後に木曜日と土曜日の週二回の練習に増やしました。個人的には毎日でも練習したいのですが、週二回でもなかなか人数が集まらない状況ですので、しばらくはこのスケジュールで行こうと思います。

プレーヤー:これは長くなりそうですので、今日は触れずにおきます。

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USAハンドボール協会の会長ハードル氏も、「アメリカのハンドボール界の将来を担うのは、草の根レベル(grass roots level)での活動である」とおっしゃいます。試行錯誤しつつ、出来るところから行動に移して行きたいと思います。世界各地でも、ハンドボールのメジャー化を目指し、多くの方々が日々惜しみない努力をされているのが、ネットを通してひしひしと伝わってきます。ハンドボールに関する情報をネットで纏めてくださっている方々に、この場を借りて感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。小心者故、個人的にはコメント出来ていない場合が殆どなのですが、いつも皆さんの更新に背中を押していただいています。やはり、ハンドボールですよね。一度ハンドボールを手にした者にとって、ハンドボールのない日々は考えられませんよね。今、ハンドボールという競技を知らない方々と、このスポーツを通して分かち合えることがあるかと思うと、この過程の重みが増してきます。

と、やる気が復活してきたところで、明日の練習に備えます!

Friday, October 14, 2005

神無月のころ

(って、神無月はこよみの11月。。。?恥ずかしながら日本語を忘れつつあります。。。)

瞬く間に夏が終わり、既に十月も半ば。店頭ではハロウィンの空気が色濃く感じられる時期となりました。ハロウィンといえば、trick or treat, pumpkin carving, コスチュームパーティーと、子供から大人まで楽しめる祝日です。毎年10月31日のこの祭日では、どのイベントに参加するか悩んでいたのですが、今年はそんな悩みはゼロです。大会です!全米では年間に数えられるほどしかない、女子だけの大会。しかも、今回は8チームが出場予定とのこと。全国クラブ選手権に出場したのが女子の部では10チームだったことを考えると、この大会を逃す手はありません。しかし諸処の理由で、この大会についてはうちのクラブHouston Shooting Starsは不参加ということに。個人的には諦めきれず、同じクラブのNathalieと共に、今回はボストンで活動するNew England Freezeというクラブに混ぜてもらうことになりました。持つべきものは。。。ハンドの友です!ということで、既に私の心は開催地のNorth Carolinaに在ります。久しぶりの室内ハンドボール、待ち切れません!

ここハンド不毛の地アメリカ(この表現を使うたびに、心が痛むのですが、事実なので仕方有りません。)では、各主要都市を中心にクラブが点在しています。今年2005年の全国大会に出場した成人男女のクラブに着目すると、主に二つのタイプに分かれるようです。タイプAは、経験者が中心となって地元の教育機関(主に高等学校)に密着したクラブを設立し、ジュニアの育成に力を注ぎつつ、その延長線上でクラブとしての活動を行うやり方。オースチンのクラブでも同じですが、練習したいという気持ちのある有志が集まったとしても、第一のハードルは練習場所、練習用具の確保。その二つの要素を長期的に確保していくには、やはり教育機関と連携するのが、成功事例に見られるの殆どケースであるようです。タイプBは、全米各地より経験者を募り、試合があるときのみプレーヤーを招集して試合に参加するやり方。一人、又は数人が中心となって、各大会ごとにプレーヤーを募ります。

今後のアメリカハンドボール界を支えていくためには、もちろんタイプAのようなクラブが増えていくのが理想的ですが、タイプBは、長期的には望ましくないと理解していても、都市・地域ごとの経験者の数を考慮すると、事実その存在は致し方ない、という現状です。また、現状から多少距離をおいて考察してみると、タイプBのチームがタイプAのチームのコート上でのお手本となってくれることが良いのかとも思います。

また、もちろんジュニアの育成を第一目的として、教育機関と連携し、ジュニア向けハンドボールクラブを設立するという団体も見られます。アトランタのRock、ヒューストンのBuzzはその良い例であり、中学生、高校生のアスリートにハンドボールの楽しさを教えるという観点から、将来的なハンドボールの発展のために、とても良い基盤を築いていると思います。

行く先は長いアメリカのハンドボール界ですが、少なくとも最初の一歩は踏み出されています。次の一歩の距離を更に伸ばせるように、出来る所からこつこつと頑張ろうと思います。

―――実は、今日の練習は初めて私一人でした。いつかこの状況がくると、心構えはしていたつもりだったのですが、思ったよりも動揺があったかな。自分でも意外でした。まあ、次回はこれより減ることはないだろうと考え、明日に備えることにします。前進あるのみです。

Monday, October 10, 2005

それはないでしょ~

うーん、これもハンドボールには直接関係ないのですが。。。

ウェブ上でこんなに笑ったのは、久しぶり、というか初めて。。。大したことではないのですが、うちのクラブのウェブサイトに、ウェブ翻訳の広告が貼り付けてあったので、試しにHPを日本語に自動翻訳したところ、かなり笑えました。落ち込んでいるときにでも、試してみてください!(HPの右下にBabel Fishの広告があります。)

www.texasteamhandball.org

自動翻訳の技術の進歩に伴い、翻訳・通訳の仕事ってこの先どうなっていくのだろうと、これまでに一抹の不安がなかったわけではないのですが、この翻訳を見て「しばらくは安泰だな」と確信してしまいました。しかし、コンピューター相手に多少なりとも危機感を持ち得る時代に生きているって、とても不思議です。

私的に一番おもしろかったのは、人名の「Mark」が「印」になっているところと、「次回からIDの入力を省略」が「私を覚えなさい」と訳されてしまった部分でした。

些細なことで笑えるって、小さく見えがちな
大きな幸せだと思います。

Friday, October 07, 2005

ありよ


郡女時代からの親友ありよが遊びに来てくれました。よくよく考えてみると、出会いから既に13年。最初の出会いは郡女のハンド部でしたが、高校二、三年はクラスメートとしてもお世話になりました。私が渡米してからも、頻繁に様子を見に来てくれて、今回の訪問は通算七回目に当たります。行動派の彼女は、私が常に見上げる存在で、今の私は彼女あってのものといっても過言ではありません。アメリカでの七回の再開は全て、彼女の夢を追う過程の合間を縫っての訪問でした。今回の訪問も、実はグアテマラへ渡る途中、ヒューストンで飛行機の乗り換えがあったため、数日間延ばしてオースチンに寄ってもらったのです。彼女の夢を追う姿を見せてもらうたびに、自分も頑張らなくてはと更に気合いが入ります。

特にこの数年、ありよと会うたびにしみじみと感じることは、彼女は自分以上に自分を判ってくれているということです。学生時代、自分以上に自分を判ってくれるのは、母だけのように思っていました。母以外に、これほど自分を理解し、良いところも悪いところも全部まとめて受け入れてくれる人がいるという事実は、私の最も貴重な財産です。「自分を一番分かっているのは自分自身」といいたい気持ちも山々なのですが、特に人生の「谷のステージ」を彷徨っている途中、母なり、ありよなりの言葉を聞く度に、それは単なる傲りだったと気がつくのです。「山のステージ」でも、典型的B型の私が浮かれすぎないように見守っていてくれますし。

やはり、ハンドボールを通して時間を共有した仲間は一生の宝であり、また、中学、高校でお世話になった先生方は、ハンドボールという競技そのものの醍醐味を教えてくださったと共に、その後の人生のいろいろな場面で、ふっ、
と自分の支えになる部分も鍛えてくださったのだと思います。(もちろんその当時の私はそれを知る由もなかったのですが。)ありよもきっと、ハンドボールとの接点があってこそ、今のように夢を追い続けるロマンに満ちた人生を送れているのだと思います。と、ぐるぐると考え始めると、結局行き着くところは、ハンドボールコミュニィティーで出会う人々の素晴らしさと、そのコミュニティーメンバーを惹き付け続けるハンドボールという競技の魅力。機会あるたびに、次の世代とハンドボールの素晴らしさを分かち合っていけたらと思います。(「ハンドボール」を「チームスポーツ」に置き換えても、一般的に意味は通じると思うのですが、私はかなり偏っていますので、ここでは「ハンドボール」のままにしておきます。)

写真:ありよは人一倍「気ぃ遣い」でもあり、
毎回お土産を買ってきてれるのですが、今回はなんと、中村屋のようかん。。。しあわせです。やっぱり和菓子が一番!

Wednesday, October 05, 2005

2005年、夏の終わり

Carlito: Hey Riyo, do you know there is a way to lose 7 lbs in 3 minutes?
Riyo: …No way, stop teasing me.
Carlito: Yes, it is true. I just did it!


と言いながら、彼は誇らしげにWCを指さし、いつもの不敵な笑みを浮かべていました。それが実際に何を指すかは、ご想像にお任せするとして、これが彼と私の最後の会話となりました。(7 lbs=約3キロ)
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私の所属するTexas Team Handball Clubsは、2004年からテキサス州ガルベストンでビーチハンドボールの大会を主催しています。記念すべき第一回目となった2004年9月には、アメリカハンドボール界のエリート、Atlanta CondorsやD.C.Diplomatsから数多くのプレーヤーがガルベストンに駆けつけ、第一回ガルベストンアイランドシュートアウトは大成功に終わりました。(これは私がクラブに所属する前の話ですが。)

そして二回目となる今年は、海外からチームを招き、アメリカ本土で本場のビーチを披露いただくのが第一の目標でした。海外からのチームは、大会の数日前にガルベストン入りしていましたので、接待に追われつつも、大会一日前の金曜日、私たちはベテランのビーチハンドボールプレーヤーとの練習に参加できることに!うちのクラブからは、アルゼンチン出身のCarlitoと私が、飛び入りで参加しました。十分なウォームアップ後、早速練習試合開始。Carlitoと私は同じチームに。夏の間中、練習してきた仲間ですが、いまいち彼にはパスが通しにくく、夏の間中、ため息をつかれていたのです。しかし、海外からのゲストを目の前に、程良い緊張感があったためか、私たちのコンビプレーはこの夏一番のものでした。彼は試合後も上機嫌で、”yeah, that was the pass I was waiting for whole summer long!”(夏の間中、このパスをずっと待っていた。)と何とも憎たらしい誉め言葉をくれる始末。

そんな調子で午後の練習が終わり、夕刻にアメリカ各地からのチームがガルベストンに到着し始めた頃には、ホテルは賑やかな雰囲気に包まれていました。夕食後、Carlitoは店に行く用事が出来たと言い、もう一人の友人を連れて、オートバイでホテルを後にしました。その約一時間後、夜中の十二時を回った頃、ホテル内で和やかな会話が続くなか、救急車がホテルの前を通り過ぎていくのが聞こえます。いつもは静かな場所だったため、多少違和感を感じつつも、ハンドボール仲間との談話は続きます。

約十分後、ホテルの従業員によると、たった今、近くでオートバイの事故があったとのこと。このとき、うまく言えないのですが、頭の中では瞬時に、事故に巻き込まれたのが誰だか確信しました。不安と焦りを感じつつも、事故現場へ向かいます。現場で目の当たりにしたのは、一番想像したくなかった光景。後ろに乗っていた友人は集中治療室へ運ばれ、その後の数時間はただただこの友人の命が助かることだけを祈り続けました。

人間の脳は不思議なもので、事故からの数時間、不思議なことにCarlitoのことについては、情報処理機能が完全に遮断されていました。フロイトの言うところのdefense mechanismでしょうか。彼は即死であったことを初めて認識したのは、周囲がその事実を確認し、涙を流しているのを見たときでした。

一睡もせずに迎えた次の朝、一緒にいてくれるハンド仲間の肩が、どれだけ大きかったことか。当然のことではあるのですが、「悲しいのは私一人ではない」という事実が、その場の私たち一人一人を支えていたように思います。

大会の主催者として、そのときの私たちには二つの選択肢がありました。大会を続けるか、中止とするか。参加者全員が一堂に会し、亡くなったCarlitoと集中治療室の友人への思いをボールに込めてプレーすることに。砂と汗と涙にまみれてのビーチハンドボールは、残された私たちの友情を更に深める結果となりました。

事故から一ヶ月経った今日、やっと事故のことについて書くことが出来る
理由は、友人の死という悲しい事実に向かい合えるだけ、自分の気持ちが落ち着いてきたことと、重傷を負っていた友人が、昨日やっと退院できたことです。

Carlitoはあの日、心から人生を楽しんでいたように思います。それが最後の日となることは知らずに。次の瞬間に何が起こるか分からない人生だからこそ、毎日を最大限に楽しく生きる。それがこの夏、Carlitoが身をもって教えてくれた教訓です。


彼は人を笑わすのが好きなタイプでしたが、今後も彼を思い出すたびに、笑顔でいられると思うのです。なんといっても、最後の会話がああですから。

Tuesday, October 04, 2005

アメリカのクラブ事情

以前の文章と重複しますが、私は1996年から2004年まで九年間、ハンドボールと離れた生活を送りました。2004年10月にヒューストンのクラブを見つけ、九年ぶりにハンドボールを始めた、という事実を考える度に、どうしてもっと早い時点でクラブを見つけられなかったか、正直、自分に対して憤りを感じていた時期もありました。しかし、今、落ち着いて考えてみると、全てはこのようなさだめであったと思うのです。2004年10月にヒューストンでDedeのクラブを見つけ、再びボールを握るのが私の運命であって、将来どこにいても、自分に出来る限りの範囲で、このクラブと共にハンドボール伝道活動を続けるのが、私の使命のように思います。もっと早くに他のクラブを見つけていたとしても、今の「居場所」には、たどり着いていなかったと思いますので、九年間のギャップも含め、今の状況が私にとっての最高の環境なのだと思います。(かなり強引なプラス思考?)

まあ、個人的な気持ちの処理はどうであれ、事実、これから米国留学や米国勤務を予定しているハンド愛好家の方には、渡米後のギャップは経験して欲しくないという気持ちは人一倍です。ということで、現在アメリカ国内で活動を行っているクラブを、私の把握している範囲で纏めてみました。因みに、今年のNational Championshipsで、二人の日本人の方にお会いしました。お二人ともアメリカ生活が長く、私よりも米国ハンドボール事情をよくご存じですので、この中で何か間違った情報が有れば、きっとお二人からご指摘いただけると思います。ウェブサイトがあるクラブは、各クラブ名にサイトがリンク
してあります。

ちなみに、下記の殆どのクラブは男女混合で練習が行われています。他にも米軍関連のハンドボール部もありますが、基本的に部外者は練習に参加できないため、このリストからは省いてあります。

順不同。かっこ内は2005年National Championshipsの結果です。

カリフォルニア州
San Francisco Bay Area:
CalHeat (女子の部合同準優勝)
Santa Clarita:
Santa Clarita Team Handball
Pasadena:
Pasadena Team Handball
Los Angels: LA Team Handball

ユタ州
Salt Lake City:
Salt Lake Warriors (男子二部優勝・女子の部合同準優勝)

ミズーリ州
Kansas City: Kansas Team Handball Club

オハイオ州
Cleveland: Cleveland Vipers (男子二部準優勝)

テキサス州
Houston:
Houston Team Handball Club (TTHC)
Houston:
Firehawks
Houston:
Buzz Handball Club
Austin:
Austin Handball Club (TTHC)

アラバマ州
Birmingham:
USA Men's National Team-アメリカ選抜男子

ジョージア州
Atlanta:
Condor Handball Organization(男子一部準優勝)
Atlanta:
Atlanta Team Handball Club
Atlanta: Georgia State University
Atlanta:
Rock Handball

フロリダ州
Miami: Florida Atlantic University Team Handball
Miami:
Florida International University

マサチューセッツ州
Boston:
New England Freeze

ニュージャージー州
Plainfield:
New Jersey Team Handball

ニューヨーク州
New York City:
NYC Team Handball
New York City: Garden City (男子一部優勝)
Cortland: Women's National Team -アメリカ選抜女子

ノースカロライナ州
Chapel Hill:
Carolina Team Handball

サウスカロライナ州
Greenville:
Furman University

ワシントンD.C.
Washington D.C: D.C.Diplomats (女子の部優勝)
Washington D.C: USA Deaf Team Handball

Thursday, September 29, 2005

あれから一ヶ月

オースチンでの練習を始めてから、あっという間に一ヶ月が過ぎました。相変わらず室内のスペースを探しながら、広場での練習を続けています。これまでは木曜日週一回の練習でしたが、今週からは土曜日の練習を加え、やっと週二回の練習に漕ぎ着けました。微々たる変化ではあるのですが、少しづつ、確実に前進しています。この一ヶ月の練習を振り返ると、練習に参加する「常連」が5名。オースチンでの練習を開始しようと決めたときは、「自分一人でも、挫けずに練習しよう!」と覚悟していましたので、一ヶ月で五人の常連プレーヤーと出会えたことは、ささやかではありますが、喜ばしい事実です。

9月29日木曜日の今日は、日本から郡女ハンド部時代からの親友アリが、夕方六時過ぎにオースチンに到着するため、初めて私が練習に遅れて行く日であり、実は朝から緊張気味です。水曜日のうちに、ゴールも、ボールも、石灰代わりの小麦粉も、常連メンバーのChristian宅に届けてきましたし、他のメンバーにも通常通り練習を行う旨を連絡済みで、何の心配もないことは頭では判っているのですが。「初めてのおつかい」(古い、ですか?)に子供を送りだす、母の気持ちに近いのでしょうか。(???)

各主要都市に点在する、アメリカ国内のハンドボールクラブは、その殆どが現在のオースチンクラブと同じ道を歩んできたそうです。オースチンクラブの長い歴史の第一歩を踏み出しているのだと考えると、毎週の練習の準備も、そのやり甲斐が増してきます。何事も考え方次第ですね。また、オースチンの場合は、Dede率いるヒューストンのクラブの存在が大きく、他のクラブよりも遥かに恵まれた立場にあるのだと思います。

来る10月22日には、ヒューストンとオースチンで初の練習試合を行う予定です。現在のところ、練習試合が可能な人数が揃うのは男性陣のみですが、数ヶ月後には女性陣同士でも練習試合が出来るよう、地道に「ハンドボール伝道活動」を続けます。今のところ、オースチンのwomen'sは私一人なので、道のりは長そうですが。

Wednesday, September 28, 2005

マルガリータ?

(ハンドとは直接関係ありません。)

テキサス州は、ニューメキシコ州、アリゾナ州、カリフォルニア州と同様、メキシコとの国境に位置しており、州全体の文化にメキシコからの影響が多く見られるのが特徴です。食文化もその例にもれず、メキシコから直輸入される安価なテキーラを使った、人気のミックスドリンクである「マルガリータ」は、通称「リタ」と呼ばれ、パーティー好きのテキサンたちに親しまれています。今回のハリケーンが本土に近づいて来ていたとき、地元ニュースのヘッドラインは専ら「Who ordered Rita?」でした。

東海岸からテキサスに越して五年、特に大きなハリケーンは同州付近には接近することもありませんでしたので、ハリケーンシーズンの半ばである九月末現在までに、カテゴリー4以上のハリケーンが二度もテキサス周辺に上陸している今年は、非常に例外的であるといえるでしょう。

カトリナの襲来があったのが8月末、直撃を受けたのはルイジアナ州のニューオーリンズ周辺でした。最も大きな被害を受けた地域の人々は、アメリカ各地の受け入れ先に移り、厳しい状況ながらも、新しい生活を始められました。家族、友人、家、学校、仕事など、生活の基盤をあっという間に奪われ、数週間後には右も左も分からない新天地での生活を始める。想像を絶する状況だと思います。受け入れ地であるオースチンの一地域住民として、被災者の方々に出来る限りのサポートをしていくとともに、明日は我が身の思いで、気を引き締めて毎日を精一杯生きよう、と思った矢先にハリケーンリタ発生。


リタ上陸の数日前は、焦りました。というのも、チームメートの大半がリタの直撃が予測されていたヒューストン地区に住んでいるからです。ハリケーンが接近する前にオースチンに避難するようチームメートと連絡を取り合い、リタ上陸の三日前に当たる9月21日水曜日の時点では約十名がオースチンに避難してくる予定でした。しかし、待てども待てども誰も現れないどころか、電話もつながらない状態が続きました。

結局は誰一人としてオースチンには避難できませんでした。彼らは、ヒューストンの自宅を発ったのはいいものの、ヒューストンと各地を結ぶ主要道路で渋滞に巻き込まれていたのです。後から聞いた話によると、一時間に100メートル進むか進まないかという混み具合だったそうです。

周辺地域のガソリンスタンドでは供給が追いつかず、渋滞に巻きこまれた状態でガス欠になる人も続出。リタ上陸前の数日間、携帯電話は州全体で回線のつながりにくい状態が続きました。そんな状況の中、私のチームメートを含めた多くの人々は避難の選択肢を失い、自宅に引き返し、ハリケーンの上陸を待ったのです。自然の驚異が刻一刻と近づいてくる中で、逃げようとしても逃げられない状態。冒険映画の登場人物に、感情移入するときだけに感じるあの焦燥感。そんな心境だったのではないかと思います。

最終的には、ハリケーンはテキサスから東に逸れ、ルイジアナ州に大量の雨をもたらし、既に壊滅状態にあったニューオーリンズ周辺に更に被害を加えました。

月並みな結びではありますが、今回、自然のもたらしうる災害の一例を目の当たりにし、自然の壮大さに比べると、人間とはなんと小さな存在なのだろうと改めて感じずにいられませんでした。その小さな生命だからこそ、小さなことに囚われず、大きなことに向かって前進していこうと思いました。

私にとっての「大きなこと」。
やはり当面は来年のNational Championshipsでのメダルでしょう。

~ご心配くださった方々、どうもありがとうございました。

Friday, September 23, 2005

オースチンでの初練習


2004年の10月にDedeのクラブに入部後、ヒューストンに毎週末遠征するという、なんとも環境に優しくない生活をしていたのですが、National Championships後、ついに地元オースチンで練習を開始する意志を固めました。2005年のNational Championshipsに出場したオースチン出身のプレーヤーは、男性陣三人、女性は私一人でしたが、ヒューストンまでは出てこずとも、その他にもハンド経験者がオースチンに在住していることは確認済みでした。この状況で練習を始めても、どれだけ人数が集まるかどうか分からず、半ばギャンブル的な状況でしたが、何事もやってみるまでは分からないもの。取り敢えず、練習がない状況よりは悪くもなり得ないだろうと考え、計画を進めていくことにしました。

初めは「ヒューストンからゴールを借りてきて、ボールも借りて。。。」とヒューストンに頼るところの多い構想だったのですが、やはりそれでは長続きしないだろうと思い直し、腹をくくってゴールを購入することに。といっても、ハンド未開の地アメリカ、ハンドボール関連製品を見つけるのも大仕事。(ちなみに殆どのチームメートはドイツのe-bayでハンド関連の必需品を購入しているようです。)で、やっとオンラインで見つけたのがフットサル用のゴール。サイズが同じなので、これで決定。しかもアルミ製なので、持ち運び可能。早速オーダーを済ませ、後は受け取りを待つのみ。持ち運びは愛車のあっこちゃんで、と準備万端、と思っていました。

ちなみにあっこちゃんの本名はHonda Accord。後部座席の背もたれが倒せるので、トランクのスペースと合わせて、ゴールが乗せられる!と思っていたのですが、受け取り後に試してみると、さすがに乗りませんでした。ということで、ピンチ到来。受け取り日の翌日は、既にアナウンス済みの練習初日である8月25日。焦りつつも、取り敢えずあっこちゃんにルーフラックを取り付けることに。アウトドア用品のお店に走り、何とかあっこちゃん用のラックを購入。お店の人の話によると、一時間半ほどの取り付け時間とのこと。まだ夕方七時頃でしたので、まだ日暮れまで二時間ほどあります。と、一気に元気が出てきたのは良いものの、自分は元々不器用であることをまるっきり忘れていました。一時間半どころか、最終的には計五時間かかることに。翌日は早朝からアパートの駐車場でなにやら作業しているアジア人女性を近所の人々は物珍しそうに眺めつつ出勤して行きました。

ルーフラックの取り付けが一段落したところで、いよいよゴールをラックに乗せる作業に取りかかりました。お古の布団を使って、あっこちゃんに傷が付かないようにと、慎重に事を進め、約一時間後に作業完了!あっこちゃんは晴れて私のミニSUVとなり得たのでした。完成図は上の写真の通りです。もう少し計画的に出来ていれば、最後に焦ることもなかったのですが。ちなみに、私の血液型はB型です。

ゴールがラックからずれないようにと、恐ろしいほどのノロノロ運転で練習場所の広場へと向かい、サッカーフィールド隣のスペースを陣取り、ゴールを設置し始めたところで、ニコニコしながらこちらへ向かって歩いてくるデュードがちらりほらり。最終的に計六人集まりました。ドイツ人の熟練GKマリエン、元ジュニアアメリカ代表のクリスチャン、チュニジア出身の両利きモラド、元サッカープレーヤーのクレッグ、スウェーデン出身のロビンと私。一対一、ツーメン、サンメンのドリルを行い、気がつくとあっというまに二時間が過ぎ、全員が久しぶりに握るハンドボールを片づけるのを惜しむように、次回の練習での再開を約束し、去っていきました。

準備に多少時間がかかったものの、初練習を終えてみると、やはり準備をした甲斐があったと、満面に笑みが浮かんでくるのを押さえ切れませんでした。今後のオースチンチームの成長を、どうぞ温かく見守ってください。

Thursday, September 22, 2005

ビーチルール概略


ビーチハンドボールはハンドボールのルールを元に、約十年前に誕生した新しいスポーツで、ヨーロッパ、南アメリカを中心に盛んにプレーされています。ビーチハンドボール(以下、ビーチ)のコートはフィールドが12X27メーター(図中赤部)で、コートに入れる人数は、ハンドボールが一チーム七人であるのに対し、ビーチは一チーム四人(参加登録は八人まで)で、そのうち一人(参加登録の八人中二人)はGKですが、ビーチの場合、GKもフィールドに出てきてプレーするのが通常です。ハンドボールでもGKはフィールドに出てこれますが、ゴールから離れすぎるのは常に命取りですよね。それでは何故ビーチではGKが出てこれるかと言いますと、鍵は選手交代にあります。ビーチでは各チーム、何れかのサイドラインの15メーターが全てフィールドプレーヤー交代可能なゾーン(図中灰色部)となります。GKの交代については、チーム側サイドラインのどこからでも出られますが、コートに戻るのはゴールエリアのサイドライン(図中黄色斜線部)からのみとなります。

GKが攻撃に加わらずとも、3対3の状態ですが、GKが攻撃に加わる理由はGKがゴールを決めると二点というルールがあるからです。また、フィールドプレーヤーのゴールでも「spectacular shot」の場合は、二点となります。「spectacular shot」の適訳は「観客の目を釘付けにするようなゴール」といった曖昧な表現ではありますが、実際コートで頻繁に見られる「spectacular shot」は主に、スカイシュート(空中でキャッチして着地前にボールを手から離す)、バックシュート(バックパスの要領と同じ)、股下シュート(その名の通り)、一回転シュート(空中で一回転して着地前にボールを手から離すシュート)などです。

ハンドボール経験者の方は、違和感の否めないコンセプトが多いのではないかと思います。ルールについては、ハンドボールと切り離して、新しいスポーツとして消化する方が良いかもしれませんね。各プレーヤーの動きはハンドボールの応用ですので、「spectacular shot」以外では、基本的にハンドボールと離れたトレーニングは必要ありません。ただ、一つ注意しなくてはならないのは、あくまでこのスポーツはビーチでプレーされるスポーツですので、室内ハンドボールと比べて、体力の消耗が激しいことです。そこを配慮し、試合時間は前半・後半各10分で間に5分のハーフタイムとなっています。

ビジュアルで学びたい方には、こちらのビデオ(英語)がおすすめです。トップメニューからVideosをクリックし、A new sport is bornをご覧ください。